『SF政治改革』―「22世紀の民主主義」成田悠輔(著)
「超優秀な院生が書いた学部の卒論」
私の知る中で、最も印象的な本書への感想です。大学教授の評価は、一般人の感想とは、大きく違いますよね(笑)
ですが、学者による視点は学ぶことが多いです。ご興味のある方は福元教授のツイートをご覧ください(下のツイート)。
さて、私の感想は端的に「SF×政治=本書」というものです。従来の政治に関する新書の中でも、アイディア豊かな内容でした。
書名に「22世紀」という単語が含まれているので、近未来を意識していたのでしょう。
22世紀まで待たずとも、本書で提案されている内容は実現していく可能性があります。
例えば、投票所に行かずとも、インターネット上で投票できるネット選挙は近い将来実現しそうな雰囲気です。
未来の民主主義はどうなっているのか、独創性あふれる本書は近未来の政治をデザインする提言書と言えるでしょう。
・炎上発言の真意?
もはや、若手言論人スターとなった著者は精力的に活動を続けています。そして、時々SNS上で炎上し、大きな波紋を呼ぶこともあります。
炎上した発現の多くは「高齢者」が関わっています。
「引退」「集団自決」
どれも印象的な言葉です。社会における、「若返り」を求めているように聞こえます。
本書の中でも「シルバー民主主義(高齢者重視の民主主義)」という言葉が登場します。
従来、「シルバー民主主義」という言葉は、高齢者が人口の多くを占め、そして社会の中で影響力を持っているから、若い世代が輝けないという意味で使われることが多いです。
しかし、本書では「高齢者が自己利益だけを追求しているようには思えない。政治家が高齢者の票に注目しているから、高齢者向けの政策ばかりが登場するのではないか」と指摘します。
著者は定期的に高齢者に対して、強い言葉を放ちます。その理由は、高齢者に対する敵対感情からではなく、政治家に向けられていると考えられます。
著者は、高齢者が若い世代と歩調を合わせるように誘引し、政治家の脳内を変えようと考えているのではないでしょうか。
戦後の高度経済成長の理由として、公職追放で上の世代がいなくなり、若手が成長し、社会の若返りが起きたからという説があります。
著者も新しい時代のために、大胆な社会変革が求められていると言いたいのでは?
・冷笑と期待
本書の構成は大変シンプルで、論文を新書にするとこうなるのだな、と感じます。本書の章立ては以下のようなものです。
正直、本書は「最初のABCと第1章と第4章」を読めば十分だと思います。
本書では、著者らしい冷笑的な態度で民主主義と社会に対する分析が行われています。
著者は現状に冷笑的ですが、民主主義や現状の体制を放棄するべき、という態度ではありません。むしろ、未来への期待を感じます。
・本書の独創性
民主主義において「選挙」が持つ機能を再考し、その機能の影響力を削ぐことが本書の主張の中で最も特徴的だといえます。
これを通じて、新しい民主主義の形に期待を込めているようです。著者は新しい民主主義の形を「無意識民主主義」と名付けました。
「無意識民主主義」の特徴は、選挙結果というデータを、他の多様なデータの中の一部として相対化し、選挙の機能(意義)を減衰させるという点です。
AIを通じて蓄積した、有権者の多様なデータから必要な政策を計算し、提示することで、現在では論点とならない問題を見つけることができます。
amazonのあなたへのおすすめ的な感じで、政策を見つけ出すという案は、近未来的であり、実装可能な未来でしょう。
当然、著者自身が指摘する問題点もありますが、議論され収斂されていけば、制度として小さい自治体単位で実装できると思います。
・無意識データは危険?
象徴的な概念(本書でいうと「選挙」)の相対化は1990年代以降、よく見られる光景です(ポストモダンって言われるやつ)。
選挙は民意の創出として、民主主義の制度の中で重要視されていました。なんなら、選挙があるから民主主義とまで言われることもあります。
ですが、本書の無意識民主主義では別に選挙をしなくても、民意は収集され、反映される新しい制度が構想されています。
この構想は新しく、現代的ですが、同時に危険性も孕んでいます。
例えば、私たちの民意が宣伝によって無意識の内に誘引され、データとして蓄積される可能性もあります。
私は無意識データの蓄積は、各国の国民に内在している表明されていない感情(それは偏見かもしれない)を明らかにする「パンドラの箱」のように感じます。
無意識民主主義において、最も蓄積されるデータは大衆に関するデータです。
政治に無関心である大衆が無意識に持つ、素朴な欲望から導き出される政策はどんなものでしょう。黒くドロドロしたモノになるのではないでしょうか。
私はFate zeroシリーズにおける「聖杯からの泥」のようなものだと思います。
ふと、そう思ってしまうのです。だから、小さい規模の意志決定から実験を重ねてみて欲しいと感じます。興味深いのは事実ですから。
・おわりに
民主主義に対する批判的な議論は、第二次世界大戦以降盛んになっています。本書もその潮流の中に位置づけられる本でしょう。
著者自身が、専門である経済学以外の分野にも広く(?)通じているのが本書が持つ独創性の原点であると思います。
専門性を高めることが重要だと言われる世界ですが、私は本書を読んで多様な存在を知ることが、新しいアイディアを想像する起点になると感じます。
民主主義も、多様な人々による意思表示の機会を、制度的に担保しているものです。
その意思表示の内容を人間の無意識にまで広げようという、本書の観点は近未来的でSFチックな制度改革案でしょう。
SF政治、私も批判はしましたが、おもしろそうだから、見てみたいなと思ってしまうのですが、どうなんでしょうね(笑)。
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