花田清輝のみもふたもない民芸批判
自分はひとなみに骨董に興味はありますがあつめたりはしません。
駒場の日本民芸館にはよく行ったり、成功した総合芸術運動としての民芸運動の重要性も理解しているし、大好きなデザイナーの深澤直人氏が新たに館長に就任し、ますますリフレッシュしたかたちで民芸が受け継がれていくことを期待しています。
骨董と民芸はもちろん同じではないでしょう。むしろ、柳宗悦の民芸運動の原点は、反骨董であって、すでに確立された名物ではない、民衆の雑器の中に新しい美を見出そうとするものでしたが、いま民芸館のなかに陳列されているものは、すでに堂々たるお宝としての骨董となっています。つまり骨董であれ民芸であれ、その根底にある共通するなにか、自分が美しいと思っているものを見せびらかすというスタイルについて、ちょっとだけ考えてみました。といっても、花田清輝の引用ですが。
花田清輝は、柳宗悦の民芸運動をささえている美意識は、白樺派のそれであったとして、鶴見俊輔の「白樺派の多くにとっては、女中との肉体的な関係を持つことが、最初の深刻な人生問題であった。武者小路、里見、志賀、有島生馬など。」といっていることから、「そこにかれらの『最初の深刻な人生問題』ではなく、かれらの最初の美の発見をみたいと思う。」と展開して、さらにこう続けます。
「芸者でなく、女中に美をみいだすような眼が、骨董にでなく、日常雑器に美をみいだすのは自然であって、・・・(中略)・・・要するに、かれらは、美というものを玩弄物だと心得ているのである。美とは、かれらにとって、いじることによって、かれらの所有欲を満足させるなにものかである。現在、美がどうのこうのいっているような連中は、たいてい、いじり専門の白樺派の亜流だとおもっていればまちがいがない。小林秀雄などもその一人であって・・・」*1と、お得意の小林秀雄批判へとつながっていきます。
じつにみもふたもない議論ですが、こういう立場があることを理解していることは楽しいと思います。
千利休についても、花田は面白いことを書いています。
「利休は、浜田庄司や柳宗悦と同様、その当時、誰からも無価値なものだとおもわれていた安物のセトモノにーーたとえば、床屋でヒゲ剃りにつかっているコーヒー茶碗のようなものに美を発見して、ひとりでたのしんでいたのであろう。・・・(中略)・・・かれ(秀吉)が利休を支持したのは、むろん、あたらしく発見された美に同感したからではなく、利休の名において、部下の大名たちの戦功をねぎらうさい、土地や金の代わりに、無価値なガラクタを、もったいぶってあたえることができたからにちがいない。わたしは、美というもののまったくわからない大名たちが、利休の推奨したものだということで、たいへん、感謝しながら、ヒゲ剃り用のコーヒー茶碗やアルマイトの鍋やニュームの釜などを頂戴している光景を想像するとふきださないではいられない。しかし、おそらく利休自身は、利用されるだけされつくしたあとで、秀吉によって抹殺されてしまうまで、そういうみずからの役割に気づいていなかったのではなかろうか。」*2
ユーモラスな文章のなかに、ある種の権力に利用される芸術至上主義者の運命を想起させます。
*1:花田清輝全集第6巻「いじるということ」p408
*2:同上p407