現代最高のクリエイターの、現時点での最高傑作。『Flamagra(2019)』 / Flying Lotus
つい最近、リージョンAの『Kuso(2017)』の北米版Blu-rayがようやくアメリカ本国で発売されたので、私も早速購入手続きをした。
個人的には映像作品として『ざくろの色(1969)』以来の衝撃だったし、いつかこの手の映像作品を作ろうと夢見ていた世界中の野心的なクリエイター達を「もう俺らやること無いじゃん...」と絶望の淵に追い込んだ作品でもある。
パゾリーニとテッド・V・マイクルズ、シュルレアリスム、フォトモンタージュ、ダダイズムの総決算とフライアップを同時に果たした凄まじい映画である。
日本語字幕付きの国内盤が出るのはまだ先だとは思いますが、内容は置いといてとにかく圧倒的な映像体験がしたい人、ダリはもちろんのことジョン・ハートフィールドとかハンナ・ヘッヒとかアレクサンドル・ロトチェンコとか、その辺が好きな人は是非観てみてください。
さて、そんな感じで映画監督/映像クリエイターとしてもその才能を遺憾無く発揮しているフライング・ロータス(Flying Lotus)。本業の音楽においては5thアルバム『you're dead!(2014)』以降、向かうところ敵無しといった感じである。
上記の映画『Kuso』にも端役でジョージ・クリントンをキャスティングし、音楽担当でエイフェックス・ツインとサンダーキャットを召喚できてしまう老練っぷりで、若くして今や名実ともにアメリカ音楽界の番長として君臨している印象である。
『you're dead!』は確かに素晴らしい作品だし、世の中的にもフラローの最高傑作は『you're dead!』という認識が多い印象だが、私は断然、次に発表した6thアルバム『Flamagra(2019)』 を推す。
フライング・ロータス(本名スティーヴン・エリソン。以下フラロー)は1983年にロサンゼルスに生まれた。「大叔母がアリス・コルトレーン(おばあちゃんの姉)、大叔父がジョン・コルトレーン(血は繋がってない)」というキャッチコピーは聴き飽きた人も多いだろう。キャプテン・マーフィー(Captain Murphy)というラッパー名義でも知られる。
幼少期に買い与えられたリズムマシンでビートメイクを始め、音楽の道へ進むことを決意しLAフィルム・スクールを中退。J・ディラやマッドリブの諸作で知られるレーベルStones Throwでインターンに就く。
カルロス・ニーニョが企画したオムニバスアルバム『The Sound Of L.A.(2006)』に収録された自身の曲『Two Bottom Blues』で注目を浴び、同年にアルバム『1983(2006)』でデビュー。翌2007年にはWarpと契約し、話題作を続々と発表。コーンウォールバブル以降は元気がなかったWarp復権の一翼を担う看板アーティストとなる。
同時並行でレーベルBrainfeederを立ち上げ、サンダーキャットやカマシ・ワシントンといった地元ロサンゼルスの気鋭アーティスト達の作品を次々とリリースし、LAビート/LAジャズシーンを牽引する新興レーベルの主宰者としても注目を集める。
フラロー最大のブレイクスルーは前述の5thアルバム『you're dead!(2014)』である。ケンドリック・ラマーをフューチャリングした収録曲『Never Catch Me』、そしてプロデューサーとして参加していたケンドリック・ラマーの3rdアルバム『To Pimp a Butterfly(2015)』が同時にグラミー賞にノミネートされ、フライング・ロータスの名が一躍世に知れ渡った。
フラローはその勢いで初の長編監督作品『Kuso(2017)』を制作。サンダンス映画祭で大喝采と大顰蹙を浴び話題となる。そして2109年、同映画内で使用された楽曲が多数収録された6thアルバム『Flamagra(2019)』を発表する。
Heroes(2019)/ Flying Lotus
Post Requisite(2019)/ Flying Lotus
Spontaneous(feat. Little Dragon)(2019)/ Flying Lotus
Takashi(2019)/ Flying Lotus
The Climb(feat. Thundercat)(2019)/ Flying Lotus
フラローのビートメイクは、とにかくサンプリングを細かく切り刻むしリバース加工も多用する。ブレイクビーツというよりもカットアップミュージックの手法である。ヒップホップではなくアクフェンの『My Way(2002)』なんかのクリックハウスの聴き心地に近いし、プレフューズ73の極悪進化とも呼べる。加えてとにかく音が分厚いのも特徴で、様々な無数の音が洪水のように襲いかかってくる。それらがランダム性に頼ったものではなく緻密に計算され配置されているので、ある種の狂気すら感じ、異常な情報量と異常な規律性の両立が聴く者を圧倒する。
『Flamagra』でフラローは初めて鍵盤演奏にチャレンジしており、本作で印象的なクラヴィネットの音色はフラロー本人の演奏によるものである。そのお陰で音楽理論に興味を持ち始めたことを本人がインタビューで語っており、今まで感性に頼りきっていた彼のクリエイティビティが体系化されていく過程を目の当たりにしているようで興味深い作品である。結果的に『you're dead!』の散弾銃で撃ち抜かれるようなエネルギーよりも、メロウなアンサンブルやグルーヴ感を感じるアルバムに仕上がっていて、アルバム全体の統一感という意味でも申し分なく、平明にすごい聴きやすい。ブランドン・コールマンの『Resistance(2018)』にも似たフューチャーファンクアルバムとしても聴ける。
ただ反面、『Kuso』のビジュアル的世界観と見事にシンクロした作品でもあり、ベースに漂う奇怪さは今までの作品に比べて群を抜いている。ともすれば『you're dead!』と比べて地味な印象を受ける可能性もあるが、リハモナイズのセンスが抜群だし細部の音が緻密なので飽きることはない。
フラローはジャパニーズカルチャーの熱心なフォロワーとしても知られていて、孫悟空の道着を着て来日するような生粋のオタクだったりもする。
『Flamagra』の1曲目『Heroes』は『ドラゴンボール超(2015~2018)』からのサンプリングだし、8曲目『Takashi』にはオノシュンスケが参加しているし、4曲目『More feat.Anderson .Paak』のMV制作を担当したのは佐藤大と渡辺信一郎である。
『you're dead!』のアートワークは駕籠真太郎だし、『Kuso』の音楽担当には山岡晃も名を連ねているし、三池崇史とか塚本晋也とか北野武とか大林宣彦とか「いかにも」な監督たちの大ファンでもある。日本で言えば拗らせの果てに住んでいるサブカルおじさんである。
『Flamagra』を聴いても『Kuso』を観ても、フラローの芸術趣向の本質はやっぱりコラージュアートとかダダの方面にあるんだなと改めて思ったし、フラローは単なるビートメイカーとして見るのではなく稀代のマルチクリエイターとして見る方が正しいんだと思う。
Pro ToolsとPremiere Proを与えられた21世紀のジャン・コクトーみたいな人である。そのうち文章も書き始めるかもしれない。
フラローだけじゃなくて、タランティーノもジョン・ゾーンもそうだけど、日本贔屓のクリエイターはブッ飛んだ人が多い。日本のサブカルチャーって通り過ぎた人の才能をあらぬ方向に拡張させるフィルター装置のようになっているのかもしれない。とにかく、今世界で一番イカしたクリエイターが日本文化をフォローしてくれているのは嬉しいし、その活動をリアルタイムで追える幸せを噛み締めたい。
現代は文章よりも音楽よりも動画の時代なので、ちまちま音楽を聴くよりも『Kuso(2017)』をビジュアル的に体感した方が手っ取り早く一発でフラローの才能を感じられると思う。
「あ、コイツはヤバいぞ」と。YouTubeに転がってるトレーラーだけでもそれは伝わる。シュヴァンクマイエルがお好きな方、『ソドムの市(1975)』と『ミミズバーガー(1975)』に耐えられる方は是非。
最後に、略称「フライロー」派の人も居ますが、私は断然「フラロー」派です。