ノートに記した初恋の記憶…
僕には大切なノートがある
それは僕の毎日で起こった
素敵な出来事を書き記すノート
でも…
普通の日記とは違うんだ
僕はこの病院の小児病棟に
入院生活を続けている15歳の患者だ
僕が入院してから
もう長い時間が経過した
病院から離れると生きてはいけない
そんな難病を僕は抱えているんだ
僕にとっての世界は
自分の病室と
診察室や検査室だけだ
今では
他の患者さんとの交流も禁止され
個室に隔離されている
ここまで病状が悪くなかった頃は
同じ年頃の患者さん達と
一緒に時を過ごす事も出来た
でも…
今ではもう
それも叶わなくなった
たぶん僕は
この部屋で一生を終えるのだろう
それもそう遠くは無い
両親や周りの人達は
必ず治るって言う
でも…
そんなの無理なんだ
僕には分かってる
前に交流してた患者の中に
同年齢で同じ病気の女の子がいた
明るい性格で
ちょっと可愛くて僕は好きだった
彼女も僕に好意を持ってくれてたみたいだ
彼女と会える時が
僕にはとても嬉しかった
でもある日…
彼女の姿を見る事が無くなった
それは突然だった
彼女の事を両親に聞いても
看護師さんに聞いてみても
みんな口を濁すだけで
ハッキリと教えてくれない…
僕は彼らの辛そうな顔を見て
それ以上聞くのをやめた
僕だって
本当は知っていたんだ
彼女がどこへ行ったのか…
いずれ僕もそこへ行く
そう遠くない未来に…
彼女は僕より一足先に
そこへ行ったんだ…
彼女が僕の前からいなくなって
病室で一人になった時
僕は激しく泣いた
彼女を失った悲しみを嘆き
枕に顔を埋めて号泣した
思いっきり泣いた翌日
僕は母に一冊のノートを
買って来てもらった
僕はそのノートに
彼女との思い出を綴った
たいした事は書けない
彼女とは深い付き合いなんてものじゃ
無かったんだから…
でも…
僕は一生懸命に書いた
彼女の事を
彼女を好きだった自分の気持ちを…
そして僕は気付いた
あれは僕の初恋だったんだと…
悲しい結末で終わってしまったけれど
彼女の事は決して忘れない
忘れたくないんだ
いつか僕の脳にまで
病気が進行したら
きっと
いろんな事を忘れてしまう…
悲しいけどそれが現実
だから僕は
このノートに彼女だけじゃなく
僕の小さな世界で
毎日に起こった素敵な出来事を
書き記す事にしたんだ
イヤな事や苦しい事は
いくらでもあるけど…
忘れてしまいたいから書かない
今日も僕は
このノートに書き記す…
僕が忘れてしまっても
大切な思い出を消さないために…
だけど…僕は
最近昨日の出来事を
思い出せなくなっている自分に気付き
愕然とした
もうそこまで来てるんだ…
病気のこん畜生め
部屋から出る事も無くなった…
もう素敵な事も
見つけられなくなった
ノートを見た時にだけ思い出す
もう忘れてしまった
一人の女子の存在…
どうやら僕の初恋だったらしいけど
彼女の顔さえ思い出せない…
でも…
悲しいと思う気持ちも無くなった
そう遠くない内に
彼女に逢えそうな気がするからだ
その時…
僕は彼女に
こう言おうと思うんだ
「はじめまして
僕の初恋の人…」
このノートを母に託す…
もう…
僕には書けそうにないから…
大好きな母は泣きながら
受け取ってくれた…
隣りでは父が
何も言わずに涙を流している
ついに…
その時が…来た…
みたいだ…
さよ…なら…
昨日の僕…
待ってて…
僕…の
初恋の… 人…
今…から…
そっち…へ…
行く… よ…
・・・・・