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月刊コグマ2024総集編 変遷の編纂

はじめに

今年ももう終わりが近づいていますね。

どうも、こんにちは。こんばんは。
この記事は今年2024年の1月~12月の記事の中で、自分が選んだ話をお送りする、月刊コグマ2024総集編です。

今回も私が選んだ話に加えて、12月号には書かれていない25日~の生活を書いた話も書いています。

今までのタイトルは、2021が「季節」2022が「Swipe Times」2023が「Discography」となってるので、今年は久しぶりに日本語タイトルにでもしようかな。

そういえば最近、日記を書き始めました。
1月1日からはこのnoteでも始めると思うのでぜひ。まぁ、どんな話になるのかはその日次第ですけどね。

今から1月~3月の月刊の中から各月ごとに話をピックアップしていくのですが、今年の1月とか何をやっていたのかまったく覚えてないぞ…

とりあえず、久しぶりに読んでみますかね。


月刊コグマ#1 Eat the Moon

Eat The Moon

今、お腹が鳴った気がする。

現在、17:30。
もうすぐで、あと1~2時間もすれば夜ご飯の時間だ。

なのに、今とってもメロンパンが食べたい。

あのバター香る生地。
あのカリカリに焼き上げられた表面。
そしてまぶされた砂糖たち。

想像をするだけでよだれが溢れてくる。

メロンパンの好きなところを語るとすれば、やはり上の挙げた中でもバターの香る生地が一番だろう。

もちろん他のポイントもいいところが多いが、メロンパンと言ったらやはりこの香りだと思う。

今、僕は大学内でこの記事を書いているのだが、大学のすぐ側に、歩いて数秒といったところにコンビニ、NewDaysがある。

とりあえず18:00までは残って書こうかと思っていたが、ここで切り上げて、コンビニに直行し、メロンパンを買うのもアリだぞ。

というかそもそもの話、どうして丸い食べ物はみんな美味しいのだろうか。

例えば、目玉焼きにあんぱん。みかん系統にリンゴ。
たこ焼き、お好み焼きも丸いぞ。
ケーキのホールだって丸いじゃないか。
おせんべいだって丸いし、ドーナツも丸い。
あ、ハンバーガーも!

もちろん、メロンパンもだ。

まず、丸という形からしてチャーミングじゃなかろうか。

丸という形は昔から可愛い物として相場が決まっている。

昔の美人さんはみんな丸顔だったって歴史の授業で聞いた気がするし、よくあるマスコットキャラクターにも丸型は多いだろう。

ドラえもんやアンパンマンはまさに丸を基調としたキャラクターだ。

丸っこいものには人間も愛着を湧きやすい。
ネコや犬も丸っこい部分にCuteを感じる。

あ、今お腹が鳴ってしまった。
まずい、メロンパンが頭から離れない。

そんなことを思っていると、斜め右に座っているひとがレジ袋からパンを取り出す様子が見えた。

ここで自分はまさかと思ったが、そのまさかだった。

なんとメロンパンを食っているじゃないか。

これは今一番してほしくない飯テロだぞ。

ファミマ・ザ・メロンパン

…おいしそうだ。

いや、まてよ。
そんな都合の良いこと、起こるか?

メロンパンの想像をしたら目の前のやつがメロンパンを買うとか偶然にもほどがある。
もしかして、気付かないうちに
「メロンパン食べたいなぁ…」
とかって口に出したりしたのか?

まさか、そんなことは…
と言いづらいのも本音。

地味に独り言を言ってしまうからなぁ。
自分の気付いていない独り言を言っていてもなんらおかしくはない。

そういえば、メロンパンといえばこんな思い出がある。
とは言っても、深い話でもないのだが。

僕は当時から果物のメロンが苦手だった。
もちろん今でもそれは苦手で、あんまり自分から食べようとは思わない。

けれど、メロンパンは大丈夫だった。
まぁ、メロンパンは基本見た目がメロンに似ているからメロンパンという名前だという話を聞いたことがあるので、メロンは全く関係ないが。

とあるお昼の時間。
母親が買い物のついでにパンを買って帰って来た。
その中にはもちろんメロンパンが入っていた。

けれど、そのメロンパンはいつも見る形とどこか違う。
見た目は緑で、丸っこい形をしているのだ。

見た目はちょうどこんな感じ

匂いから不思議な感じのそのメロンパンを一口食べてみてびっくり。

メロンパンなのにメロンの味がするじゃないか。

よくよく考えてみれば、その匂いはメロンの匂いだったので、生地にもクリームにもしっかりとメロンが含まれていた、名前通りのメロンパンだったのだろう。

一口食べて、もう無理だと気付き、あとは親に全てあげたのを覚えている。

それから数日間はメロンパンを食べられなくなったのは言うまでもない。
だって、ワクワクしながら食べてもしメロンの味がしたら、もうショックもショックだもんね。

そんなことを思いだして書いていると、右斜め目の前の彼は既にメロンパンを食べ終わっていた。

彼の食べていた方のメロンパンはちゃんと網目状のクッキーみたいな見た目の方のメロンパンだった。

さすがに今日はもう、ここで買ったら夜ご飯が入らないのは目に見えているので、コンビニに入るのはやめておこう。

その代わり、明日だ。
明日、コンビニに行ってメロンパンを買おう。

バイト帰りにでも買って至福の時間を過ごそうじゃないか。

決心をした僕の目の前で
彼が次に取り出していたのは、ロールケーキだった。

またお腹が鳴った気がした。

それと同時に、僕の頭はあることをつぶやく。
あ、ロールケーキ食べたい!!


月刊コグマ#2 新しい風/Brand new Days

新しい風

以前からちょくちょく話に出しているとは思うのだが、僕は今、スーパーでアルバイトをしている。

大学が休みの今、このスーパーのアルバイトは何か面白い話でもないかと探るにはとても優良な場所である。

バイト仲間との話の中からネタを見つけたり、またある時は、マネージャーとの会話や連絡事項の中から気になる話題を見つけたり。

色々とここでも役立っている。

今回も、そんなアルバイトの中で知ったことから話を広げていこうと思う。

丁度2月の最終週手前の事。
その日は土曜日で、もう1週間もすれば3月になっているという日でもあった。

夜のバイト。夕方5時から夜10時まで(原則)の仕事。
夜、6時45分には毎回マネージャーからの連絡事項を伝える”夕礼”がある。

その日の夕礼でも連絡事項はあり、その内容はいわゆる異動の話だった。

アルバイトに異動はもちろんない。
ただ、社員の方にはある。

マネージャーはお世話になった人たちには感謝を言うように、という言葉とともに、誰が異動になるのか 名前を簡潔に読み上げていた。

その中には、もちろん自分の部門の人も2人ほどいた。
そして、店長と副店長も異動になるとの話も聞いた。

別れの季節といえば、やっぱり来月の月の方がしっくりくるだろう。
どうしても、卒業式とかあるし。

けれど、実際には2月の終わりごろも終わりの時期に差し掛かっているので、目の前まで迫っているような感覚なのだろうか。

今まで自分は2月をそんな風に見たことは無かった。

言ってしまえばバレンタインデーがあるくらい。
その他のイベントとかも思いつかないし、あとはただただ過ぎていくだけの月だと思っていた。

まぁその社員さん2名にも店長・副店長にもそこまで、
いや、まったくと言っていいほど思い入れは無いので、その人たちに対して悲しい気持ちにはならないのだが、

”別れ”と聞くとどうも気持ち的にしんみりとしてしまう。

でも、異動する人がいるということは異動してくる人がいるということでもある。

これはありきたりな事ではあるのだが、新しい人が来る ということは 新しい風を運んでくるということだ。

それが心地の良いものであるのか、それとも自分にとって嫌な風を運んでくるのか。それは分からないけど。

新しい出会いが良いものであることを期待して、前を向かなきゃいけないんだろうな。


月刊コグマ#3 To Look Up to The Blue Sky

青空を仰ぎ見るために

自分の求めてる幸せって何なんだろう
と、バイト中にふと思った。

というのも、恥ずかしい話なのだが最近はついに好きな人とのLINEが1週間以上経っても既読すらつかなくなってしまったので、とうとうやってしまったのかと落ち込み中だからである。

そもそもなんで好きな人が好きなのか とか、なんで付き合いたいと思うのか とか色々と当たり前にあるものだけど普段あんまり考えないようなことと向き合ってみると色々なことが見えてくる。

自分は今までの月刊で語ってきた通り、一言で言えば意気地なしがよく似合う男だ。
いざというときに、今言うべきだろうというところで怖くなって告白できなかったりなんて何度してきたことか。

これには 自分が告白して受け入れてくれるとは思えない という自信のなさに起因してるところもあると思う。

彼女がいたとしても僕は彼氏としての責務を全うできるとは思えない。
でも見放されるのも怖い。

どうしても子供の言い訳にしか聞こえないような理由ばかりが浮かんできてしまう。

出来るならば、誰かの指示を待つ人間であるよりは、誰かに救いを乞う人間であるよりは、自分で選んで自分の足で立っていける人間でありたいと思う。

それがどれだけ理想的で、なおかつ厨二臭いのかは分かっているが。

でも、どうしても頑張りを認めてほしいと思ってしまう自分がいるのも事実。

自分の経験上、自分で「頑張っている」と思うことは大抵頑張りが足らないことが多い。
世間的な「頑張っている」よりも程度の低い「頑張り」で認めてほしいと思ってしまっているのだ。

努力して努力して。でも報われなくて。
そうやって考えることも多いけど、世の中にはこれ以上に頑張っている人は絶対に万といるだろうし、それ以上いると思う。

結局は自分の中との葛藤なのかもしれない。

幸せのイメージは人それぞれで、
その中で自分の中の幸せというのは、
青空を見上げているような。

大切な友人や相手と青空の下で何かをするような、そんなイメージ。

辛いこと続きの理不尽だらけの生活が曇り空や雨模様だとしたら、僕の幸せは晴れであってほしい。

青空を見上げるために、仰ぎ見るために
僕は努力をする。

一般的な幸せが自分の中の幸せとは限らないけど、誰にも明け渡さない、自らの手で掴む未来が良いものであると信じて進んでいく。

今回のいくつかの旅でそれを思った気がする。

まぁなんだ、恥ずかしいことだったり哲学的なことを書き殴ったが、結局は自分を信じて望む目標に進まなきゃいけないってことが言いたかったのかもしれない。

次の4月はもう大学2年生だし。

ちゃんと諦めなきゃいけないのかな。

今回はしっかりと告白までしようって決めてたけど。
いつまでも言えないし。

あー難しい。
世の中の男たちはやっぱりすごいなぁ。

僕もそうなれるように心機一転頑張らなくちゃな。

そうだ、桜が咲いたって話を聞いたら桜を見に行こう。
上野でもいいし、なんなら静岡に行って久しぶりに駿府城公園を歩いたっていい。

そう考えるとやっぱり楽しみだな。
この調子でやりたいことをどんどん見つけていけれたら良いな。

青空を仰ぎ見るために。
そしてまずは、春を見上ぐために。


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まずは、1月~3月の月刊の話をピックアップしました。

Eat The Moon を読んでいたら、その情景を思い出してまたメロンパンが食べたくなりましたね、、、。

1月号で書いたのかは覚えていませんが、この話のタイトルはUNCHAINというバンドの同名曲「Eat The Moon」から貰っています。

そういえば、この後はメロンパンを買って帰りました。
もちろん、おいしかったです!

新しい風 は社員さんが異動になったという話から発展させた話でしたね。

確かに、読んでみても思うのが、別に3月だけが別れの季節じゃないということ。
今までは、卒業式とかがほぼ3月周辺なのでその感覚でしたが、新年にはいなくなっているかもしれない。

なんなら明日、その人がいるのかどうかすらも。

常に、別れは身近にあるんだという気持ちでいろ というわけじゃないけど、でもその可能性もあるんだよなぁと改めて感じました。

青空を仰ぎ見るために では自分の感じる幸せについて考えてみました。

幸せって、やっぱり人それぞれに違う、心の中の概念だと思う。

僕がは真・女神転生(ATLUSのゲーム)をやっていて、楽しいって思うけど、他の人がそう思うとは限らない。

それとおんなじことですよね。たぶん、きっと。

あ、好きな人がどうのこうのとほざいてますが、こんなものはくだらないと一笑にでも付しましょう。
その方が過去のこの人も報われる気がする。

では、次は4月~6月の回からピックアップしていきましょう!

なんか嫌な予感がするぞ。
ここら辺の時期は、イヤにうじうじしていた気がする、、、


月刊コグマ#4 春を呼ぶ雨

🌸わたしを忘れないで

最近、桜の花言葉を知った。
と言っても、フランスでの花言葉だけど。

電車を降りるまでの間、いつも漫画やSNSを使ってひまをつぶしているのだが、その中でその花言葉と出会った。

僕は桜が好きだ。
まぁ、日本人はみんな桜好きだと思うんだけど。

だって、お花見とか好きでしょ?
レジャーシート広げて、食べ物用意して、大人はお酒も持って。

そういえば昔、愛知県に住んでた頃は近くの観覧車がある大きな公園で花見をしていた。

いざ花見に行こうと家族で出発したは良いものの、結局空いてる場所は一つも無くって帰った時もたくさんあった気がする。

その公園の近くにはそこそこ大きなスーパーがあったり、プールがあったり、本当にいろんなものが入っているところだったので、そこまで空いている日がなかった印象だ。

うろ覚えだけど。

そんないい思い出のある桜が、
まさか重い子みたいな花言葉を持っているとは!

『私を忘れないで』
なんて。
まるで僕みたいじゃないか!!

でも、正直な話、こういうことを言われてみたい自分がいるのも事実だ。
(言ってみたくもあるし)
どれだけ愛されていたら、こんなことが言われるのだろうか。

そういえば桜といえば、こんなエピソードがある。

ちょくちょくここでも話しているとは思うのだが、僕は以前、高校時代までは吹奏楽部に所属していた。

高校の頃、ちょうどこの季節は定期演奏会が近く、週末なんかは駿府城公園のすぐそばのホールで練習をしていた。

昼休憩のときのこと。

どうせなので、駿府城公園まで散歩にいこうと思い、そこまで向かうとたくさんの桜が綺麗なピンク色を咲かせていた。

桜のこのピンク色が誘惑や恐怖の隠喩ととられる作品が多くあるのにも合点がいく。

梶井基次郎さんの「櫻の樹の下には」とか、
坂口安吾さんの「桜の森の満開の下」とか。

たしかに、このピンク色が自分を誘ってどうにかしようとしてる気がするし、
この木の根っこに死体が埋まってないとこんなに美しいピンク色は出ない気がする。

人間の血を吸い上げて、白が滲んで、あのピンク色を作りだしている。
そうしてまた花を咲かせてして、また自分の養分を誘う。

だから、常にこの美しいピンクが語り掛けてきているのだ。
毎回毎回記憶に残るように
『わたしを忘れないで』と。

ちなみに、日本での桜の花言葉は
「精神美」「優美な女性」「純潔」
らしい。
(Google調べ)

まぁ、そんな雰囲気はするよね。

そんな恐ろしさよりも先に、綺麗だなぁって思うし。

結局今年はお花見行かなかったなぁ。
まだ上野の桜は咲いてるのかな。

もうすぐGWだし、また足を運んでみるのも良いかもしれない。


月刊コグマ#5 猫に憧れたイヌ

自転車オクトパス

また。
まただ。

なんでこんなにも僕は自転車と衝突しそうになるんだ!
自分が悪いのか?

今回はそんな、自転車を引き寄せてしまう男。
言うなれば、『自転車オクトパス』!

そんな彼の苦悩を語ろうと思う。


始めにそれを自覚したのは小学6年生の時。

同じ地域の人たちと一緒にまとまって登校する決まりだった自分は、その班の班長で先頭になって歩かないといけなかった。

少し狭い道で並んで歩いていた時のこと。

前から来る自転車。

彼は「自転車に乗っている男の人はさすがにこの小学生の列が来ているんだし、止まってくれるだろう」と思い歩みを止めない。

しかし、自転車も自転車でまるで気づいてなさそうに車体を前進させてくる。

結局ギリギリ目の前で、お互い衝突寸前で止まった。
そして、お互いに何もなかったかのように互いの目的地に向かった。

この時、別に何のけがも負ってなかったのだが、班の誰かが先生に言ったのだろう。
1時間目のあとに教頭先生に呼び出され、今朝起こったことを少しだけ詰められたらしい。

本当は、ひじが自転車のハンドルに当たっていたのだが、めんどくさそうだったので黙っていたのは内緒の話だ。

そもそもの話、彼は自転車との相性が悪い。

小学校5年生の頃、彼はお調子者だった。
中二病というには早い年だが、それに近しいものを背負っていたのだろう。

もっと分かるように言うなら、
自転車の速度が速ければ速いほどカッコいいと思っていたのだ。

この考えが後にちょっとした悲劇をもたらすことになる。

ある日、どういういきさつだったのかは忘れたが自転車で遊びに行くことになった彼は、例によってスピードを出して道を進んでいく。

漕ぎ始めてすぐの事、
交差点の前を突っ切ろうとすると、目の前に車が出てきた。

即座に自分の自転車のハンドルのブレーキを握る。

しかし、
その判断も空しく、自転車は車の側面にぶつかってしまった。

結局その後、運転手と一緒に自分の家族の元へ行き、
こういうことがあったんです、けががなくてよかったですね
なんて言ってその話はそこで終わりになった。

それ以来、彼は自転車に乗っていない。

ちなみに、この時めっちゃ泣いた。

さすがにもう自転車の速度を出しすぎるとか馬鹿なことはしないけど、久しぶり過ぎてちゃんと乗れるかは不安どころだ。

もしかして、この件のせいで自転車運が悪くなってしまったのか?
だから自転車を引き寄せてしまうのだろうか。

つい最近、それも今朝だって、ぶつかりそうになった。

横の少し遠くから自転車が見えたので、まぁ大丈夫だろうと思い
真っすぐ進んだら、結局鉢合わせしてぶつかりそうになった。

だからこそ、この記事を書こうと思ったのだが。


という話。
別に僕が、というわけじゃないからね。
、、、受け入れたくないだけな気もするけども。

たぶん今後も自転車運は悪いままだし、自転車を引き寄せてしまうのだろう。彼は。

どうでもいい話なのだが、明日は雨らしい。
自転車とぶつからないといいな。

傘とか持ってるし。


月刊コグマ#6 あのときのエピローグは

エッセイ

エッセイを書ける人に自分は憧れている。

高校の時にエッセイに触れてから、
このエッセイの持っている魅力にやられてしまった。

始めにエッセイを読んだのは、たぶんあの時。
星新一先生にハマっていた時に読んだ彼のブラックジョークを交えたエッセイ。
それは自分に少しの興味を持たせた。

本格的にエッセイにハマったのは、星野源さんのおかげだと思う。

いのちの車窓から」から読んだ彼のエッセイは自分をエッセイの沼に誘ってくる。

結局、彼の書いたエッセイ本のほとんどを買ってしまったし、
源さんだけではなく、村上春樹先生のエッセイも読んだ。

エッセイは書いている人のフィルターを通して物事を見ることが出来る。

自分で見て思うことと、相手が見て思うこと。
その違いを感じるのも面白いし、知ることも楽しい。

普段、相手の視界を覗くことなんて出来ないからこそ、
エッセイではそれが出来ている感じがして、嬉しいのだ。

最近はやることが多く、本を読む時間も取れていないが、
今後も時間があれば、たくさんのエッセイを読んでいきたい。

そしていつか、自分も望むようなエッセイを書くことが出来たら。


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4月~6月の月刊の中から話をピックアップしました。

予想通り、ここら辺の話の中には、後悔を助長させるような話ばかりが載っていたので出来るだけその話は省いて、なおかつ個人的に好きな話をピックアップしました。

🌸わたしを忘れないで では桜の持つ魔性の魅力を文字にして表したくなったというのが第一に来てこの話を書いています。

星野源さんの曲に、「桜の森」という曲があるのですが、この曲を解説しているときの言葉が印象に残っています。

必ず、エロスの裏にはタナトス(死)が隠れている。それを表現しようとして書いたのがこの「桜の森」である。(意訳)

星野源

この話の中でも書いた著者2名の話も参考にこの曲を作ったと言っていて、そこに影響を受けた話でもあります。

ねぇ、知ってる?
桜の木の下にはね、血が染み込んでるんだよ。
死体の山があの木の下には埋まってるんだ。
だから、あんなに目を奪うピンク色をしてるんだよ。

自転車オクトパス は完全に僕の話です。

たぶん僕の不注意さが招いたものが、この惨事だと思うのですが、それにしてはやっぱりぶつかりそうになる回数が多い気がする。

この後も何回か、似たようなシチュエーションがありました。
その度に心臓はバクバクするし、「自転車オクトパス」という言葉も浮かぶようになりました。

悪影響だろ、これは。

エッセイ では自分がエッセイを好きになった理由の一つが書かれています。

最近の月刊でも、エッセイを読んだという話は書いたし、たぶん今後も読んでいくんだろうなと思う。

皆さんにも、ぜひおすすめです。
僕の月刊みたいに、ユーモアがあって面白いですよ!!

、、、え?

では、次は7,8,9の月刊からのピックアップです。
ここら辺はガチで覚えてない。
何書いたっけ?


月刊コグマ#7 夏まつりメモリー

夏まつりメモリー

この前のバイトはちょうど立川の花火大会があるからとかなんとか言って、お客さんがたくさん来るかもしれないから、値引きは遅めてね!
なんて言われていた。

そういえば、久しく祭りに行ってないなぁ。
静岡に引っ越した時にはもう、近所のお祭りとかには行かなかったから本当にそれこそ5年~6年は行ってないんじゃないだろうか。

別に夏祭りに限定しないんだったら最後に行った祭りは…
あれ、待てよ。

僕の記憶のあるうちだと、最後に行ったのはまさか高3の時の文化祭か?
それ以来祭りに行ってない気がするぞ。

夏祭り というと一番思い出に残ってるのは、愛知県に住んでた頃の近所の神社でやってたヤツだ。

…あれ?
以前にもこんな話をした気がする。
去年とかおととしとかにも、夏祭りの話をしたような記憶がある。

そんな感じで、過去の投稿した7,8月の月刊を手当たり次第に探ってみることにする。

まさかの去年に書いてたぞ。
でもここでは、シビックセンターの話をしてるから、この近所の神社の話は既出じゃなかったってことだ。

…でも、思えば近所の神社の祭りは夏祭りじゃなくて、秋の祭りだったような気がしてきた。

そんな真夏にやってたっけかなぁ…

最近、こうやって思い出が記憶から薄れていくことが改めて悲しいと感じるようになった。
元々から忘れていることに気づくたびに悲しい気持ちにはなってたのだが。

景色もそうだし、名前もそうだし、その人の笑った顔もそう。

どれも忘れたくなかったのに、気付いたら記憶の内からなくなってる。

いつか年を取って、認知症みたいになっちゃったときもこんな感じなのかな。

そうやって考えると、年を取るのも怖いものだなぁと思う。

みんなが祭りに向かう中、僕は家に帰ったりバイトに向かったりするために逆方向に進んでいく。
でも、そういうことだけはみんなとおんなじ向きに進んでいかなくちゃいけないんだよね。

あーあ、なんか柄にもないことを考えたらお腹が空いてきてしまった。

たこ焼き食べたい!イカ焼きも食べたい!
あ、ベビーカステラも外せないよなぁ!

夏祭り、結局今年も外してしまったし、行ける日なんて来るのかどうかも怪しいけど、いつか。
またいつか、行けたら良いな。


月刊コグマ#8 じゃあ次は、何をする?

じゃあ次は、何をする?

今回の月刊のために画像を作っていたら、間違えて「月刊コグマ」の部分のパーツを消してしまって、今まで使っていた色が分からなくなってしまった。

もっと明るかったかな?と思い明るくしたら、なんか縁の水色が明るすぎる。
元に戻したと思ったら中の黄色が明るすぎる。

だからと言って、暗くすると暗くし過ぎてしまって、今までのような色合いが出せず、元通りにするのが難しい状況となってしまった。

ここから数か月はたぶん、少しづつ少しづつ、色を変えて行ったりするんだろうが、きっともとに戻すことは叶わない気がする。

どうしても、些細な失敗でも落ち込んでしまう自分にとってはこんなことでも地味にダメージを食らっているのだ。


あるとき、インスタグラムを見ていたら、高校の時に通っていた学校の吹奏楽部が県大会まで足を進めたというような投稿を見かけた。

自分が高校3年だったときに1年だった子たちが今、3年生になって引っ張っているという現実。

僕よりも彼らのほうが優れているのは明らかなのに、
僕はあの時大きな顔してたんだよなぁ
センパイってなんなんだろうな

そうやって考えるととても空しくなる。

先輩としてという名目はあったにせよ、
結局、自分はあの子たちよりも早く生まれただけで、彼らよりも優れていることなんて何もないって改めて実感した。

また別の日、かつて中学校で友人だった一人の女の子が成人式の前撮り?か何かで着物の写真をあげていた。

彼女は彼女で、僕の知ってるときよりもいっそう綺麗になっていて、どうも同い年なのに別の世界を生きているように感じてしまう。

もちろん自分が劣っている少数派。

「なにもない」って感じること = この空しさや苦しさ に繋がる
というのならそれを思わないような何かをすればいいじゃないか。

なんてことは思うけど、どうすればいいのか具体的な事は思いつかない。

ほぼ一か月前の話。
1つのカップルの相談に乗っていた。

と言っても、始めから相談に乗るぞ!って感じで始まったわけじゃなく、別の話をしていた成り行きでその話になった。

彼女は最近付き合いたての彼氏がいるらしく、その子が言った発言が引っかかっている といった感じの話だった。

まぁ別に、ここではその悩みの中身は重要じゃなくて。
(解決してたら嬉しいけど)

やっぱり、相手がいるんだよなぁってそこで思ったのだ。

その子のことを狙ってた とかってそういうわけじゃないんだけど、久しぶりに話す相手(その子は小学校の時の同級生)にも彼氏がいるということ。

そしてこうやって、
言うなれば「愛あるがゆえの悩み」を抱えているという事実。

それと今の自分の生活がかけ離れてるよなぁと感じてしまったのだ。

これもつながるのは
”なにもない”
というキーワード。

でも自分だって、
いつまでもこのキーワードに縛られているのも癪だ。

なにもない
で留まっているだけじゃ、
失敗して落ち込んでいるだけじゃ、次の駒は進めない。

何をして取り返す。
どうやってぎゃふんと言わせるんだ。
なにもない で終わらせるもんか。

そういう思考でとりあえず生きてみることにしたい。

なにもないってだからこそ
次の手を次の手をっていろんなことをやっていきたい。

いつから?
ここから。

僕だって生活しているんだし、苦しい日々は続くのだ。

残念ながら、逃げたっていい なんてお気楽な気持ちには僕はならない。
出来るならいつまでも両足で立って両目で真っすぐ見開いていたい。

そのためにも。

いつまでも成長を望む僕たちへ

じゃあ次は、何をする?

月刊コグマ#9 H

Human Scent

久しぶりにだったり、まったく関係のない場所にだったり。

そんなところに訪れたときに心のどこかがムズムズする感覚。
どこか懐かしくて、少し泣きそうになるような。
ゆったりとその雰囲気に浸かっていたくなるような。

そんな感覚。

今回はそんなことにまつわる話をしていこうと思う。


今日からオリエンテーション期間ということで、まずは当日。

とはいえ、言ってもオリエンテーション期間なので学校に行くのは水木のみでよかったため、めんどくさいなぁという気持ちも持ちつつ学校へと足を運んだ。

水曜日。

この日はスーツを着る用事があったため、スーツを身にまとい学校へと行くことに。久し振りのスーツで地味に心の中はドキドキしていて、少し自分もワクワクしていた。

友人に会うのもいつ以来だろうか。
一緒にバーベキューをした人たち以外だと、夏休み前、テスト以来になるのか。

なんてしみじみと考えながら、電車を乗り継いでいた。

駅について、ホームから降りて改札に向かう。
階段を下りているそのとき、ふわっと自分の鼻に懐かしい匂いが流れてきた。

毎日のように感じていた駅の匂い。
それともこれは、たくさんの人が往来するからこそ感じることの出来る匂いなのだろうか。

匂いは人がそこにいたことを示す重要なものだと思う。
だって匂いがあるからこそ、記憶をたどることが出来るんだから。

モノがあって、雰囲気があって、匂いがあって。
それで生活感なんじゃないか。

そんなことを改札に向かうとき、ふいに思った。

考えてみれば、自分はホテルの匂いが好きだ。
あの匂いはホテルの人が常につけている消臭剤の匂いなのか、それとも人の匂いなのか。

どちらもが混ざり合ってあの雰囲気を生んでるのかもしれない。

ホテルに泊まってる時のワクワク感がロビーには充満していて、その雰囲気が匂いをその匂いが雰囲気を作っている。
そんな気がしてならない。

自分は旅行から帰ってきたとき、部屋の窓を開ける前の家の匂いも好きだ。

あの匂いを嗅ぐと、家に帰ってきたんだなぁという気持ちになる。
どこか懐かしさも感じる。

まぁ、実際はホコリが充満してる匂いなのかもしれないが…

もしかして、駅のあの匂いもホコリが充満してる匂いの可能性はないか?

それだったら、さっきまで心の中でグッと来ていた感情が一気に馬鹿らしくなってくるのだが。

匂いはいろんな記憶を思い出させてくれる。
人との記憶だったり生活の記憶だったり。

匂いには確かにひとの存在があって、そこにいつの日か存在していたことを教えてくれる。

そんな匂いが僕は好きだ。


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7月の月刊、改めて見てみると見どころが無いというか、何の話を持ってこようか迷ったくらいには困る話が多かった気がする。

精査したうえで、今回の「夏まつりメモリー」を持ってきているのですが、それでもどうもしっくりこない。

それもこれも、せっかくの夏なのにそういうイベントごとに足を運んでいないせいだと思う。

まぁ、土日は基本バイトを入れているので、外に出ようという気も起きないんですけどね、、、

8月の月刊では、対照的に友だちと海に行ったり、ラストマイルを観に行ったりと、色々なことをしていたと思う。

ラストマイルを観に行くとき、電車で数分のららぽーとに行ったのですが、想像以上にきれいなところで良かった。
まぁ、一人で行ったからこそ、少しみじめな気持ちにもなりましたけど。

でも、その惨めな気持ちだけじゃ終わってやらないぞと決意したのがこの回の「じゃあ次は、何をする?」です。

僕は生き抜くぞ。

9月号のHは去年のSに引き続き、BANANAMAN LIVEに影響を受けた回となっています。

全ての話がHから始まるタイトルになっている本作でピックアップしたのは「Human Scent」。
場所に行くと感じる匂い。それに懐かしさや心の奥でムズムズとするものは何かを探る話です。

たぶん、これから先も、この感覚の匂いを嗅ぐときがあれば物思いに耽るのでしょう。

さて、次は4本一気にピックアップ。
10月~12月なので、ここら辺になると記憶にも新しいですね。

そういえば、お酒飲んだんですよ、この間。
イルミネーションの帰りに友達と。
リンゴ酢サワーと梅酒のサワーを飲みました。
飲みやすくて美味しかった。

イルミネーションの話が気になる方は、この後に紹介する12月号をぜひ。


月刊コグマ#番外編 Twenty

愛しい2人へ

見ているだけで幸せになるような、愛おしい2人がいた。

1人は、ハウジングアドバイザーとして店舗で働いている26歳の青年である
もう1人は、お弁当屋さんでアルバイトをしている18歳の女の子の

清の行きつけのお弁当屋で出会った2人は、清の決死の告白によって、高校卒業後に婚約することになった。

これは、女の人の目を見て話すのが苦手な、童貞である清とそもそもの知識がない澄が、紆余曲折あって最終的にいとなむまでの話である。


9月のある日、いとなみいとめず という漫画を読んでいた。

始めの数話を読んで、とても面白いと思い、電子書籍の方で全巻購入をした。

この漫画の最終着地点は2人がいとなむことである。

その間にいくつもの山や谷があって、最終的にいとなむ。
その過程を僕たちは見ていくわけだ。

物語終盤、清のことを改めて好きだと心の底から気付いた澄は、清といとなみたいと思うようになった。

その反面、清は序盤に澄に怖がられたこともあってかいとなみに踏み出すのに1つの恐怖を覚えていた。

この2人のすれ違いが1つの喧嘩を呼び、仲がギクシャクとしてしまう。


漫画を見ている第三者の自分はとてももどかしい状態であった。

澄の言うことも清の言うことも、どちらもすごく分かるからだ。

今までのテンポのままで良いじゃないか。
仲良くやってきたじゃないか。
なんでそんな…いつもの君じゃないみたいだ。

そう言う清の気持ちも。

もっとあなたと繋がりたい、結ばれたい。
あなたのことをずっともっと知りたい。
私の気持ちに気付いてほしい。

そう言う澄の気持ちも。

どちらも互いを想い合うからこそ、すれ違ってしまったみたいなものじゃないか。

そうやって不和になっていく2人を見ていて、とても心が痛かった。

でもたぶん、この不和が無かったら、欠けていたら駄目なんだと思う。

2人の気持ちぶつけ合わせて、お互いに自分の良くなかったところを見つめて、そうして改めてお互いを見つめ合って。

それでようやく、2人が同じ方向を再び向くことが出来たんだから。


愛おしい2人へ。

いつまでも、末永く、元気で。


月刊コグマ#10 扉

10/14 江の島

事の始まりは10月の14日。
いや、もっとさかのぼればこの話は7月の終わりごろの話になる。

この時の自分は、とても海が見たいと思っていた。

本当に、海に思いを馳せていて、あのきらきらとした景色をこの目のフィルムに収めたいと思っていた。

最近(バーベキューのときに)、観に行ったばかりだけどやっぱり夏だし、海が見たい。
言っても前回は少し海を見ただけだったので、ゆったりと海を眺める時間が欲しかったのもある。

しかし、友達との予定が上手く合わず、9月…10月…とズルズル引きずってしまった。

始めは7月。
次は9月。

それでも予定が合わなかったので、次の10月の祝日に行こうか、という話で落ち着いた。

10月14日。
この日はちょうどスポーツの日という名の祝日で学校も休み。
自分はこの日に約束していたことを忘れ、メタファー:リファンタジオを思う存分やるつもりだった。

しかし、前日の夜、バイト帰りで帰り道を歩いていた時、友達から一つの連絡が来た。

「明日何時どこに集合にしようか?」

この言葉で、自分は湘南に行かないか?と誘ったことを思いだしたのだった。

当日、場所は片瀬江ノ島駅。
朝10:10ほど。

入口からお城みたいな雰囲気の場所に来た。

他の人の話によると、竜宮城モチーフらしい
へー

やっぱり、観光地ということもあってか人が多い気がする。
駅横のファミマの前には修学旅行生か何なのか分からないが、学生の団体客が多く集まっている。
近くに水族館もあるし、そっちに行くのだろうか。

そんなことを考えていると、友達も到着をした。

さぁ、江の島へ行こう!
ということで、長い長い橋を渡る。

これは本土と江の島とをつなぐ唯一の橋。

この橋を人がたくさんわたっている現状が少し、面白いと感じつつも、友達と一緒に話しながら向かっていった。

屋台通りを抜ける。

出店には大きなたこせんやコーヒーソフトクリーム。
他にも美味しそうなものがたくさん並んでいる。
そんなお店たちを横目に階段の先の神社へと歩みを進めた。

エスカレーターを無視して、階段を一歩一歩上がっていく。
すると、目の前には江島神社が見えてきた。

想像以上に大きな神社で、そのまえで5円を入れていつもどおりのお願いをして、後を立った。
その後も色々な場所を巡っていく。

江ノ島シーキャンドルという展望灯台まで行ってみたり、そのふもとで写真を撮ってみたり。

晴れてる。

稚児ヶ淵というところで海の音を撮ってみたり。
お昼ごはんでちょっとした失敗をして、2人で苦しみながらご飯を食べてみたり。

時間は気づけば15:00近くになっていた。

深い話も浅い話も、たくさんの話をした気がする。

解放感を得ることはやっぱり大切なことだと思う。

そのおかげで、こころが洗われることだって多いととっても感じるし。
ぼーっと見てるだけでも、不思議と時間を費やせてしまうほど癒される。

行きとは反対側の道を歩いていく。

今日あったことをいくつもいくつも思い出すこの感覚が好きなのもあるかもしれないな、
海を見に行くことが好きな理由は。

行って良かった、と素直に思う
今月の思い出だ。


月刊コグマ#11 表現欲は止まらない

秋葉原に行こう

「今度、簡単なタイマーを作るので秋月電子までいってこちらの部品を購入してきてください」

そのような連絡が教授からクラス宛てに来た。

基盤と電池ホルダーとマイコン

はじめはめんどくさいなぁと思っていて、自由参加でもあったので、別に行かなくてもいいかなぁなんて思っていた。

しかし、自分の友人の大半が受けたいという。
まぁそこまで言うならということで、自分も受けることに。

数日後。。。

予定の合った人に声をかけて、当日秋葉原駅に集合することに。

なんと自分、初 秋葉原だ。
秋葉原といえば、いわゆるオタクの街みたいな印象を少なからず受けてしまうのだが、実際はどうなのだろうか。

自分も例に漏れず、十分オタクしてる人間だと思うので順応は出来る気がするが、実際はどんな街なのか気になるところである。

時間は11:00
今日はこの日に集まって、まず秋月電子へ行こうということになっている。
別に先にご飯でもいいけど。

まだ来ないかな~と待っていると、友人から1つの連絡が。

「「「うしろにいるよ」」」

軽くホラーものだぞこれは。
と思いながら、後ろを振り向くとしっかりと後ろに付いていた。

もう一人約束していたのだが、だいぶ遅れそうなので、とりあえず後ろの彼と一緒に秋月電子へ向かうことにした。

秋月電子まで向かっていると、いろいろな店が見えてくる。

こうやって大学生になってパソコン関連の授業を受けてくると、否が応でも聞こえてくるようなパソコンメーカーの名前は多くある。

そんな有名なパソコン工房とかソフマップとかの店舗を横目に自分達は秋月電子へ到着した。

中へ入って部品を探してみることに。

中には自分の父親世代の人がいっぱいいて、勤務先や趣味で色々作っているのだろうと想像をした。

外国人の方(たぶんあれは英系だと思う)の方が流暢な日本語で店員さんに質問をしていたりして、とても嬉しくなった。

さて、探して数分経つがまったく部品が見つからない。
とりあえず手分けして探すことに。
自分はマイコンを探すことにした。

マイコンだけでもすごい数がある。
思えば、授業内だけでもいろいろな種類のものを扱ってきたのだから当たり前だ。

なんとかその中から探しだし、後ろの彼の元へ。

すると後ろの彼も電池ホルダーを見つけていた。
ついでに一緒に基盤も見つけて一件落着。

買い終わって満足していて気づいたのだが、
まだ遅刻の彼が到着する前に買い終わってしまった。

待ってる間、近くのドトールで後ろの彼は紅茶を。
自分は抹茶ラテを飲んで遅刻の彼を待った。

遅刻の彼が到着して、
遅刻の罰として自分達と同じ苦しみを味わってもらうために自力で探させたり、お昼ごはんを探すために秋葉原を散策したり。

そこで、地味に並んでいるローストビーフ丼のお店を見つけ、
せっかくだから行ってみようということになり
ローストビーフ丼を食べた。

想像以上に美味しかった。
有名な店らしく、海外の方がたくさん並んでいた。

山わさびソースを選んだのだが、これがまた美味しい。
良い感じの香りとピリッとする感じで、とても美味しかった。

その後は後ろの彼がパソコンについて詳しいので、デスクトップがほしい自分達は少し教えてもらった。

今の自分のノートパソコンだと、どうしてもモンハンワイルズはうまく動作しないので、悩んでいるのだ。

こっちは受付嬢
これはチャタカブラ

まぁ今はアイスボーンやってるし、もうちょっと稼いでからでもいいかな…と思っている節もあるので、まだ我慢だ。

そんなこんなで、初 秋葉原を終えた。

これからも通うかと聞かれたら
………
たぶん来ないかな

そんなことは無いが、また用事があれば来るかもしれない。


月刊コグマ#12 
とおく離れたいつかのあなたへ

Music Tapestry

ここ最近、インスタグラムで好きな曲とか、今紹介したい曲を見つけるとストーリーに上げている。

理由は単純に、誰かに共有をしたくなるからだ。

この曲よかったよ!とか、僕はこんな曲が好きなんだけど、みんなはどうなの?とか。
そういうことを聞きたいという気持ちもある。

しかし、最近自分の中でこの音楽のおすそ分けについて少し引っかかっていることがある。

それは、最近上げ過ぎじゃないか?ということだ。
ほぼ毎日のように上げている気がする。

それの原因として考えられることをせっかくなので、挙げてみることにしよう。

今一つ思い浮かんだものとしてあるのは(あんまり「原因」と言いたくはないが)、毎朝、最近買ったオーディオコンポにスマホをつないで曲を再生しているからだと思う。

今まで使っていたものは親からのおさがりで、CDやカセットテープなどを再生できる、いわゆる以前のオーディオプレイヤーだ。

しかし、今回買ったものはCDの再生もできるし、Bluetoothでつなぐことも出来る。
自分はradikoでラジオは聞いているので使わないと思うが、いざというときにはラジオ代わりに使うことも出来る。

あ、今気づいたけど、これUSBを挿すことも出来るみたいだ。

そんなこんなで、毎日手軽に色々な曲を聴けるという状況になってしまったため、毎日のようにつないでは曲を流している。

これは、まぁ、原因の一つだろう。

他には何があるだろうか。
あ、最近ドラマを見る機会が増えているというのも一つの要因だろうか。

どのドラマも毎回のようにいいタイミングで主題歌が流れてくる。
例えば、海に眠るダイヤモンドならKing Gnuの「ねっこ」が。
ライオンの隠れ家ならVaundyの「風神」が。

うわぁ、今流れるか…!これは…!!
と心をグッと持っていかれる。

今有名な方たちばかりが、各ドラマの主題歌を務めているだけあって、その分ドラマへの溶け込み方も尋常じゃない。

そういった名曲を聴くたびに、もっともっと他の曲も聴きたくなって、音楽欲が掻き立てられ、いろんな曲が聴きたくなってしまう。

そうして聴いた中に、「あ、この曲、みんなにも聴いてほしい!」となり、上げてしまうのだろう。

これで、上げ過ぎの原因が分かったわけだが、これを解消する方法はあるのだろうか。
僕は嫌だぞ、曲を聴かない生活にするとか。

そうだよ。そもそも、僕が自制すればいいだけなんだ。
そうすればそんな最悪の可能性は回避できるだろう。

いい曲を見つけたり、「あ、この曲おすそ分けしたい!」と思っても、共有しなきゃいいんだ。

、、、でもなんかそれって悲しいな。
共有したくても、我慢するなんて。

やめだ、やめだ。こんな不毛な考えは。

別に(たぶん)迷惑はかけていないだろうし、このまま自分は好きな音楽をみんなにおすそ分けしまくるぞ!
もしかしたら、他の人がそのおかげで好きな曲になって、よく聴くようになるかもしれないし。

そんなこんなで、僕はこれからも曲を紹介しまくるストーリーを上げていくとしようか。

せっかくだしハイライトにでもまとめておこうか。
タイトルはどうしよう。

おすすめ音楽まとめ だとなんか味気ないしなぁ…。

タペストリー。タペストリーってなんかオシャレじゃないか。壁に掛ける装飾品。それをなぞって、自分のインスタも音楽で飾っていこう。

そうだ、ハイライトのタイトルはMusic Tapestryにしよう。


あとがき

10月~12月までの月刊、並びに今年の月刊の変遷をたどっていただき、ありがとうございました。

後半のピックアップした話に関して、少し解説をすると、

愛しい2人へ は話にも書いてある通り、「いとなみいとめず」という漫画を読んで思った気持ちなどをこの中に込めています。

本当にこの漫画の主人公の2人は可愛くて、愛おしくて、だからこそ喧嘩をしてしまうとこっちの心も痛い。

あんまりこの言葉は好きじゃないけど、「尊い」ってこういう時に使うんだと思う。

江の島に行った話に関してはその通りのまま。

体験レポが自分の中で文字を書くときに一番苦手な事だと思います。
結局、あったことしか書けないから。

そこにユーモアを足して、読みごたえを上げたいと思うことはあるのですが、どうにも上手く思いつかないんですよね…

いろんなエッセイを読んで、その技術を盗ませてもらうのもアリだと思うんですけど、沁みつかないんです。

難しい。

秋葉原に行こう に関しても同様です。

この話に関しては、月刊の中で定番となっている「○○に行こう」シリーズの一つになってますね。
いつかまとめてもいいかも。

このローストビーフ丼、今思うと本当に美味しかった。
皆さんもぜひ。
[ 秋葉原 ローストビーフ ] などで調べれば出てくると思う。

Music Tapestry は自分が気になったものをお勧めしたくなる性分なので、それを元にした話。

今も、もちろん続けてますよ、紹介するヤツ。
最近は、星野源さんの「Soul」をストーリーに上げました。

あのリズムの感じが好き。


今年も月刊コグマを見ていただき、ありがとうございました。

現在、私は大学2年生なので、そんな大学生らしい記事を書いていけたら、なんて思っていたのですが、改めて見返してみるとなんかどこか足りない気が、、、w

うん、節操がないよね。

見返してみると、変わったねと言われてショックを受けたり、かと思えば変わらないねと言われてもショックを受けてる。

いつまでも、5月にあったことを引きずってるし。
月刊も暗い雰囲気の話を多く書いている気がする。

もちろん、暗い気持ちもあるけど、それと同じくらい明るい気持ちもある。

でも暗い気持ちの方が表現しやすいんだな、これが。
難しいね。

結局、この苦しさの発端は自分のミスで相手に迷惑かけていることによる結果だとは分かっているので、「後悔」から連なる空しさを燃料にしているわけですが。

もっと大学生ってフレッシュだよな。

それだから、親からも「なんか老けてる」って言われるんだ。

そうだな、来年の目標は「若く見える」って言われることかな。
毎日が楽しい みたいな雰囲気を醸し出して生きていくことにしようか。

、、、めっちゃ疲れそうw。

なにはなくとも、始めなくちゃ始まらない。
来年もよろしくお願いします!!!

この後は、はじめに にも書いた通り、月刊12月号には書かれていない25日からの生活を書いていきたいと思います。

それでは、良いお年を!


変遷の編纂

今日はクリスマスである。
ちょうど昨日12月号を書き終わり、深夜に投稿したばかり。

その後、LINEやらインスタグラムやらでいつも通り告知の文を書いて、いざ寝よう と思っていたところである。

時刻は0時14分。なんと絶妙な時間か。
ここで寝てもいいが、どうにも眠くならないのは、先ほどまで「海に眠るダイヤモンド」の最終回、前編と後編を見ていたからな気がする。

日曜日に見てこれが2回目だったのだが、やっぱり面白い。


昔、端島(軍艦島)に暮していたその情景がありありとそのドラマの中では映されていた。
1955年から物語の舞台は始まる。

長崎の大学から帰ってきた端島で働く外勤の鉄平。
彼の生きざまがとても壮絶で、それでいてカッコよくて、ヒロインを想う気持ちは海のように深い。

彼の人生は、僕たち第三者からみればとても切ないものだったが、たぶん鉄平自身はそうは思っていないのだろう。

その想いは現代を生きるホストの玲央まで伝わって、玲央は希望や夢を抱けるようになった。端島で息づいていた70年に渡る愛をその目で感じて。

見たはずのない景色を、夢に見る。
広大な海原。
海に浮かぶ幾つもの島。
何千万年もの昔に芽生えた生命が、海の底で宝石へと変わる。
見てなくてもそこにある。
あの島で眠るダイヤモンドのように。

海に眠るダイヤモンド/玲央

鉄平の書いた外勤の日誌をたどりながら、
現代に生きる出水さんは3人のヒロインの中の誰なのか
なぜ鉄平と玲央は瓜二つなのか
1974年の端島までの変化と一緒にその謎も解かれていく。

とても壮大な人間讃歌。
最終回後は圧倒されてしまった。


そんなこんなで眠れなくなってしまった。
ダイヤモンドは眠ってるのに。

そうだ、眠くなるまで作業でもしようか。

この総集編のはじめに の途中まで書いていたので、今回のタイトルでも決めようと思ったのだ。

仮タイトルは「Colors」と書いてあった。
でも、それ12月号で使ったぞ。

少しひねってみようか。
そう思って書き換えたのは「Palette」
まぁ、気取ってる気もするがいいんじゃないか。

そうして、はじめに を読み返すと、日本語タイトルがどうのこうのと書いてあった。
、、、まぁ一理あるな。

最近は英語のタイトルが多くなってきていたので、ここで基本に立ち返るのも全然ありだと思ったのだ。

しかし、まったく思いつかない。
一文字すら思いつかなかった。
結局、その日はそのままにして自分は寝た。

翌日、「そういえばモンハンワールドの受付嬢って編纂者って呼ばれてたな」と、ふと思いだした。
最近はほとんどワールドをやっているからだろう。

編纂とは、いわばまとめること。
今回のこの総集編に相応しいタイトルじゃないか。

しかし、編纂だけではどこか物足りない。
そう思いながらトイレに行き、用を足す。

あれ?変遷と編纂って似てないか?
一文字だけの違いじゃん!
変遷はいわば変化のこと、編纂はまとめること。

つまり、総集編のタイトルは「変遷の編纂」これで決まりだ!

トイレでビビッときた。
やっぱりトイレには神様とかいるのかしら。
そういう、アイデアを授けてくれるような。

と、まぁそんなこんなで今回の総集編のタイトルは変遷の編纂となった。

25日の朝の事である。

これ、もしかしてクリスマスプレゼントか?

24日の夜に届けに来て、25日の朝に子供が気付くというクリスマスプレゼントのシステムに則った、最高のおろし方だな。

この時頭の中で、トイレの神様=サンタクロースになったのは言うまでもない。まぁしょうがないよね。

今後もアイデア出しで息詰まったらトイレに行って、サンタクロースに頼むことにしよう。


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