読書記録(2024年 10月)
振り返るとエッセイや小説を多く読んだ月になりました。読書の秋というプロパガンダに乗る気はありませんが、いくつか紹介します。
文芸書
①ハン・ジョンウォン『旅と散策』
韓国の詩人のエッセイ。繊細で時にチクリと刺すような毒がある面白いエッセイ。時をおいて何度も読みたくなるような味わいがありますし、古今東西の詩が引用されていて、詩文学がよく分からない、詩情をくみ取るのが苦手という方にはその入門として最適なのではと思います。冬に関しての内容が多いのでこれから寒くなる季節のお供に。
②T. ベルンハルト『石灰工場』
ハントケやウエルベックなどに多大な影響を与えたオーストリアを代表する小説家の新訳。近年盛んに翻訳されていますが、中でも重要作品として位置づけられるもの。殺人事件の真相を追うというものではなく、犯人のコンラート氏の「思想」をひたすら浴びるという読書体験です。
詳細な感想は上に。
③麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』
タワマン文学でおなじみの麻布競馬場が書いた長編で直木賞候補作。徹底した取材と現代ホワイトカラーのやるせなさを感じられます。
詳細な感想は上に。著者もおそらく巡回済みです。
④串田孫一『記憶の道草』
哲学者のエッセイですが、短文かつエスプリのきいた(死語)文章が存分に味わえます。とても読みやすく、日常の些細なところから思索が開始されるので誰でも楽しめると思いますし、このような習慣を身につけたら人生は楽しいものになるだろうなと感じます。
美術書・学術書
①中村義明・前田圭介『茶室を感じる』
茶室のみならず茶道関係の本はどうしても「お勉強臭」が漂うものですが、棟梁と建築家の対談という形式で進む本書は、その点とてもスッキリしていました。日本の美意識をと言われても、それをどう感じいかに言語化するかは難しいところですが、本書はそれの関しての模範となるでしょう。
②A.モル『キッチュの心理学』
キッチュなものに囲まれているばかりか、現代生活を進める潤滑油的なものでもあるわけで、単純に否定的な考察を加えることはしていません。近代の消費文化の光と影は、おそらく「名画」「傑作」という権威ではなく、キッチュへのまなざしによって照射されるべきかもしれません。
③川村陶子『〈文化外交〉の逆説をこえて』
ソフト・パワー、文化を輸出、そういった用語が盛んに飛び交う昨今ですが、そもそもそれにはどのような理論的枠組みがあり、いかに運用されてきたのか。戦後西ドイツの例を精査して浮かび上がる重要性と紆余曲折の歩み。
ナチスの反省と東ドイツへの優越を見せなければならないという、ドイツの特殊事情故のものなのではと思ってしまうくらいです。外国の制度や成功をそのまま持ってきたり、むやみに憧れて祭り上げるのは本当に良くないでしょう。
その他
今月、日本の西洋美術史界を長く牽引した高階秀爾氏が亡くなりました。ご冥福をお祈り申し上げます。
氏の著作から一冊選ぶなら『フィレンツェ』です。さすがに内容は古くなっていますが、文章に表れる人柄や構想の妙が最も反映されているように思います。