読書記録(2025年1月分)

昨年12月分はどこかでやります。そして新年あけましておめでとうございます。

文芸書

①津島佑子『寵児』

太宰治の娘という情報など不要なくらい、ヨーロッパの読書家の中では有名な彼女の代表作のひとつ。昭和後期の女流文学としても代表的なものに数えられるのではないでしょうか。ストーリーは母と娘の日常を描いたものですが、忘れられない夫や恋人の影など、結局肉欲から離れられない自分の浅ましさといったものが鋭く、病的なまでに緻密な文章で構築されています。

一気読みができない作品でした。大長編ではないですが、読後にため息が零れるくらい重たい小説だと思います。

②松平定信『花月草紙』

今年の大河ドラマもこのあたりの時代ですし、国語便覧を覗けば江戸時代を代表する随筆のひとつと書いてありましたから、とりあえず読んでみようということで手に取ってみましたが、なかなか面白いです。人生論から個展についてまで自由に論じていますが、隠者や文人の書く自由な随筆とは異なり、ほぼ最高権力者側故に誰からも何も言われないことによる自由、といった雰囲気があります。町人が書くものと全く違います。

日本の古典を読むときは、階級の感性がないと分からないところが多いですが、この作品に関してはその方面の感性がなくても書きぶりで伝わってきますし、その点でも江戸時代を体感できるものです。

③田村和彦『ドイツ 庭ものがたり』

ドイツは在独人のSNSの変な感じと、右派の大躍進によって心理的に遠くなっていってますが、実は随筆家にとっては最高の小話の天国だと思います。地域で文化の違いがはっきりしていたり、貧国から最先進国になったり、戦争で壊滅したりオカルトが流行ったかと思えば哲学の国だったりと、掘り下げるとすぐに面白い鉱脈に出くわすトポスです。本著は「庭」を通じてガンガン面白い話を紹介してくれています。

英国やフランス、日本など庭園のイメージがはっきりしている国と違って、ドイツの庭というチョイスから面白いですが、時に農学や文学まで脱線して語られるドイツ庭園の面白さにやみつきになりました。

④ベストプレイズ 西洋古典戯曲12選

今月読んだというわけではないのですが紹介したので改めて。青版も出ていますが、こちらの方がいいと個人的に思っています。シェイクスピアは他の訳者の方がいいですが、全体としてセレクトが良いです。12編それぞれ本で買うよりはお買い得だと思います。

美術書・専門書

①ジョン・バージャー『画家たちの「肖像」ジョン・バージャーの美術史』

今月はほぼこれの解読にかかったと言っていいでしょう。これらは厳密に画家と文章が対応しているわけではなく、この絵に対するエッセイのときもあれば、この画家にまつわる旅行記、この画家の展覧会についての感想など雑多にまとめられているので、「美術史」と書いてあるので具体的な美術論が並んでいるのかなと考えると、やけどします。

バージャーは「この芸術家の主題は〇〇」である、と文中に宣言することが多いため、論の軸がしっかりしているため非常に分かりやすいのですが、その断言された軸に納得がいかないと途端に「何が言いたいのかわからない」という風に感じてしまいます。そのあたりを読み直していたら時間がかかりました。西洋美術にあまり詳しくない方にはお勧めできません。

とはいえ、思いもよらない視点からこう見てはどうだろうかと諭されている気分になり、絵の見方が鋭くなるとは思います。絵についてこのように書いてもいいという励みにもなりますし、鍛えられるはずです。鑑賞力の半分は実際のところ読解力ですし、これらの文章が読み解ければ相当です。ミケランジェロ、レンブラント、ゴヤ、モネ、レジェあたりが特に面白く、グリューネヴァルト論は短編の紀行文としても秀逸です。

②色摩力夫『アメリゴ・ヴェスプッチ』

新書ですが、内容的には選書か薄めの専門書に匹敵します。アメリカの名前のもとになった人物ですが具体的に何をしたのか、実はほとんど資料がない人であり、そもそも遠洋にでて航海した人なのかも怪しいということです。フィレンツェの名門ですし人文主義者のインテリであったことは間違いありませんが、結局何者かは分からないです。

本書のいいところは、アメリゴ・ヴェスプッチの乏しい史料を埋めるために、当時の外交事情を深く整理してくれているところです。悪名高いトルデシリャス条約など、15~16世紀の国際秩序と法律についての解像度が高まります。面白かったです。

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