読書感想文「天才はあきらめた」
南海キャンディーズ山ちゃんの自叙伝的エッセイ「天才はあきらめた」を読んだ。
テレビに出ていれば必ずチェックするとか、そこまでのファンではなかったがテレビで見かけると、その独特のワードセンス、間の取り方、表情の作り方などで必ずと言っていいほど笑わせてもらっている。
元々自分の好きなお笑いは話芸だと思っている。
コントなどの、ぱっと見のキャラクターやリアクション、ワンフレーズのみの面白ワードなど、もちろんそれも面白いけど、1番は漫才が好きだ。
2人の大人が話しててそれを聞いたらめちゃくちゃ面白かったなんて最高ではないか。
南海キャンディーズはどうだろうか。
赤縁メガネにオカッパ頭の男と身長180cmの女。
確かに見た目にインパクトはある。
一見するとそれによって笑いを取っているようにも見える。
しかしよく見ているとルックスで笑わせている、というよりはルックスに対するツッコミのワードチョイスで笑わせているのだ。
山ちゃんはそのツッコミ方も独特である。
通常のツッコミは「なんでやねん!!」に代表されるように「ここはボケですよ」と見ている人にわかりやすいよう、大げさに勢いよく、大きな声で行われることが多い。
山ちゃんのツッコミは見ている人に自分の気持ちを丁寧に説明するようにツッコミを入れる。
ツッコミの多くは相方のとんちんかんな言動に対して、正しい方に矯正するように見せ、そのコントラストによって笑いを生み出す。
山ちゃんのツッコミは相方を矯正させるというよりは、相方のとんちんかんな言動に対して困惑している心情を声に出し、笑いを生み出している。
そしてそのワードセンスがまた抜群だ。
常人では思いつかない、一ひねりも二ひねりもしたような単語で突っ込む。
台本を考えるのであればあれやこれやと考える時間もあるだろうが、漫才以外の台本がない場面でも遜色ないツッコミを見せてくれる。
「天才はあきらめた」という題名の本を読んだ後に言うとチープになるが本当に天才だなこの人は・・・と思っていた。
しかし、この本を読んで山ちゃんが世に出てくるまでの挫折と努力を知った。
山ちゃんの言葉の瞬発力とボキャブラリーは天性のものだと思っていたがどうやらそうではないらしい。
本の中には山ちゃんの葛藤と努力の軌跡が記されていた。
山ちゃんは天才だと思う。
でも何もせずにあのツッコミが出来た訳じゃないんだ。
並み外れた努力があって才能を世に出す事が出来るんだ。
イチローも天才と言われる。
しかし練習も誰よりもしているらしい。
もしかしたら才能って誰の中にもあるんじゃないだろうか。
みんな天才なんだ。
でもその才能を開花させるには努力する才能と根性が必要なんだ。
それを開花させる為に努力出来る天才がお笑いなり野球なり、その分野の天才と呼ばれるのかもしれない。
俺も何か才能が眠ってるのかな。
死ぬ前に開花させたいな。