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「副業」がやてっく~誕生前夜~ #34


▼副業

「副業について、会社が呼び出された(笑)」

荒井さんは笑いながらそんな風に言っていた。どうやら会社の総務部から、荒井さんがやっている副業について「聞きたいことがある」と言って呼び出されたみたいだった。

「マジですか?(笑)なぜ?(笑)」

僕は一応、笑いながら返答したが、呼び出しがある時点で良くない事であるのは分かっていた。これが、勉強の対価なのかという言葉が心の中をよぎった。

荒井さんは副業でコンサルの仕事をやっていた。HPを作り、以前勤めていた会社のコネクションを利用し、クライアントを見つけては、適切な応対と必要なテクノロジーを提供していた。派手なフレームや先端の技術を用いたコンサルというよりも、地形にあった販売促進を提案することで、地元の企業から頼りにされる存在、そんなポジションを獲得していたのである。以前、荒井さんはC社に、GMB運用などの新しい技術を持ち込んだ功績ある人だと書いた。こうした功績はどこから生まれたのかと言えば、間違いなく副業と前職の経験だと思う。

一応副業についても書いておきたい。その当時C社では規則上、副業はアリとなっていた。上司や専属の部署に特別な報告を必要としないし、副業申請というような必須書類も無かった。僕や荒井さんが副業をしていることは、全員ではないが、現場から上長まで知っている者が沢山いた。僕がC社の好きなところをあげよと言われれば、間違いなくこの緩さ、いや、ずさんさをあげるだろう。自由な社風、縛らない制度、そういう部分が好きだった。だからこそ、今絶対に必要じゃない部分で無駄に縛り上げてくるような体制に変わっていったC社が嫌いになったのだ。その片鱗を見せ始めたのがこの辺りだろう。

荒井さんが副業について呼び出されたその背景には、荒井さんのことを調べていたという事実が絡んでくる。いくらHPがあったとしても、それまで社内に当たり前に流れていた荒井さんの副業が、まるで問題であるかのように呼び出されてしまったのは、荒井さんが目立ち、誰かの地位を脅かしそうになっているからだ。その人間が、荒井さんの粗探しを命じた可能性は高く、これ以上新しいこと、誰かにとって都合の悪い事案を出さないように、まずは周辺調査をさせた。そこで導き出されたのが副業だったのだと思う。

僕に中には不安もあった。ただそれと同時に、どんな論法で攻めてくるのか、少し楽しみでもあった。C社のことだから、かなり無茶苦茶な事を言うはずだと思っていた。副業がダメという論調なのであれば、僕だって呼び出されないといけない。僕のやっている副業は、表向きに口外しているものは無かったけれど、それでも社内の人間は、ある程度副業について周知している。ここで僕を呼びださず、荒井さんだけを攻撃する場合、単純な副業はダメという論調では筋が通らないはずだ。

荒井さんは「とりあえず適当に話してくる(笑)」と言っていた。

僕は何かしら処罰めいたものにドキドキしながらも、戻ってきた時の荒井さんの話が楽しみで仕方なかったのだった。

▼会議とズレ

荒井さんが総務部から呼び出されたのが分かったあと、僕は僕で、第2回新規事業会議があった。下野さんに「あとは任せます」と言ってから数日、その関係はずっとギクシャクしていたように思う。

思うというのは、僕視点ではギクシャクしていないという事だ。相手が勝手に気まずそうにして、相手が勝手に僕を避けている。自分で勝手に予備動作を増やして、その結果苛立ちを募らせる。そんな風に、僕には見えていた。

この第2回会議は、どんなことをするのか分からなかった。アジェンダくらい早めに送れよ、そんな風に思ったのを覚えている。僕は大まかな予測を立てて、必要な事を準備していった。もちろんこの会議の最後には、決定や次の議題を下野さんに丸投げするような形でだ。

会議室に入ると、下野さんが一番奥の席に鎮座していた。あくまで俺の方が上みたいなツラを必死に隠しながら、見えないように上司面していた。会議室は少し暑く、夏が始まる事を予感させた。

「前回の続きから、行こうか」

下野さんは僕が席に着くと、間髪入れずに本題に入った。ここ数日、下野さんとはほとんど話をしていない。C社の上司は決まって、時の間隔を埋めるように雑な世間話をする。「最近どう?」と聞いてみたり、「調子はどう?」なんて聞いたりして、社員の機嫌を図ろうとする。今回それが無いという事は、下野さんの中にも僕に対して思うところがあるのだろう。生意気、調子に乗っている、そんな風にとらえて憤慨しているのかもしれない。

ただ、僕には関係が無かった。そんな事でひるんでいちゃ、給料泥棒なんてやっていられないのだ。

「では、どの案で進めるかを決定したという事ですね」

下野さんの言葉に対して、淡白かつ絶妙に尊敬してますよ感が伝わるように返答した。揉める気はないが、媚びたらペースを崩される。ここでの返答の仕方はとても重要なのだ。

「そうだね。ある程度決めた!」

下野さんの返答が、心なしか嬉しそうに感じられた。彼自身が勝手にバチバチしていただけなのだが、それでもやっぱり気にしていたらしい。僕の返答から、尊敬の念を感じ取ってくれたようだった。

短い会話のあと、下野さんは、ホワイドボードに大きな紙を貼った。そこには、C社が発行しているフリーペーパーを軸にした、ある大きな構想が図となって記されていた。

この図、よく考えられていたのだが、僕が提示したものとはだいぶ違うものだった。僕は、フリーペーパーを軸にした経済圏の提案ではなく、フリーペーパーを補強するために、周辺にシナジーをもたらすサービスを作ろうという考えだった。ところが下野さんは、フリーペーパー上に新たなコンテンツを展開して、結果としてフリーペーパーへの広告発注が増えるという考えを提示してきた。

この物語をずっと読んでくれている人は「こうなってくると考えの相違が問題だから、前回の営業か新規事業かの時と同じように、また揉めるよね」と思うかもしれない。

でも違う。

フリーペーパーを軸にした新コンテンツ展開は、過去すでに失敗している。つまり、同じ荷の轍をまんま踏むことになるのだ。それにだ、そもそも新規事業というのは、コンテンツを考える事ではない。新たな収益の柱を生み出し、育てていくことにあるのだ。

この結果、下野さんが考える新規事業が新規事業ではない事が判明した。コンテンツを考える。それは編集部の仕事で、僕たち営業の仕事ではないのだ。

僕は悩んだ。このまま進んでいくと、給料はもらえるが失敗者の烙印を押されることになりそうだ。それは、僕のキャリアに対して不利なのかどうか。きちんと見定め、慎重に動かなければならない。

目の前の図を見ながら、意見を絞り出そうとする僕だったが、ズレという言葉が頭の大部分を侵食し始めていて、何も思いつかないままだった。このプロジェクトはどこへ進むのか? 僕はこれから、何をしていかなければならないのか? 自分が立っている分岐点の大きさを痛感し、丁寧に悩もうとすると、そこには不思議と微笑が溢れるのを感じたのだった。

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