「懐かしいという感覚」についての独り言
私は来年で40になるが、歳を重ねるにつれ懐かしいと感じることが増え、またその味わいがだんだん深まってきた。
それと同時に、この「懐かしい」という感覚(長いので以下「懐かしい」と略す)は何とも説明しがたい、不思議なものだと思うようになってきた。
「懐かしい」は懐かしいという言葉でしか説明できない。
「嬉しい」とも「楽しい」とも違う。
「悲しい」でもない。
「恋しい」はちょっと近い。
でもこれらは感情であり感覚ではないので、やっぱり違う。
「なんかいいなあ…っていう感じ」と野暮な表現しか出来ない。
「懐かしい」は自分の過去の経験の記憶が、映像や音、匂いなど五感を通じて呼び起こされることで生じる。
自発的に昔のことを思い出しても懐かしくは感じられるが、例えば幼い頃の写真や久しぶりに帰った時の実家の匂いなど、直接的なトリガーがあった方が格段に度合いが強い。
ここで不思議なのは、「懐かしい」は気持ちがいいということだ。
昔の記憶が呼び覚まされただけなのに、なぜ心がじんわりと癒やされるのだろう。昨日勉強して覚えた英単語を思い出す作業と変わらないように思えるが、生じる感覚は全然違う。
また、辛い経験や嫌な記憶については「懐かしい」は起こらない(もし起こったら、それは過去に感じた辛さや悲しさを今の自分が克服できている証だと思う)。
これは思うに人間の防衛本能の一種ではないか。
嫌な記憶は脳が忘れる(なるべく思い出せないようにする)ように出来ているが、それと同時に、過去の記憶のいい面だけをなぞるようにして精神の安定を図っているように思われる。
いわば「懐かしい」は自分の思い出の上澄みだけを掬って味わう行為である。
調べてみたら、「懐かしい」の研究についてはここ15年程度の歴史しかなく、詳しいメカニズムはまだわからないが、脳が活性化してストレスが軽減することは判明しているようだ。
私はストレスを感じやすい体質だから、無意識からなのか、昔よく聴いた音楽や幼い頃の時代の映像に触れて、普段からしょっちゅう「懐かしい」を味わっていた。
あまり昔の思い出に浸っているのもどうかと思う時もあったが、とりあえず脳の健康に良いという免罪符は得た。
年齢を重ねて「懐かしい」の深みが増すのは、それだけ自分にとって大切な記憶が増えたということなのであろうから、これからも心置きなく「懐かしい」を味わいたい。