見出し画像

【読書記録8】未来を創造するために古典を読もう

 皆さんいかがお過ごしでしょうか?今回紹介する本は、桑原武夫編『日本の名著―近代の思想 改版』(中公新書)です。

 本書はなんと記念すべき中公新書の第1刊目です。初版発行は1962年です。本書は、明治維新から1962年当時にいたるまでの日本人による50冊の名著を紹介した本です。福沢諭吉『学問のすゝめ』から丸山真男『日本政治思想史研究』までが、解説を加えて紹介されています。

なぜ過去の思想から学ぶのか

  本書の冒頭、「なぜこの50の本を読まねばならないか」で、編者の桑原氏は次のような言葉を述べています。

 人間は虚無から創造することはできない。いま現にあるものをふまえて未来をつくるほかない。ところでその現在は、好ましいであろうと、いとわしいものであろうと、それはまた過去に規制されつつ生まれたものである。したがって、未来への情熱がいかにはげしくても、過去を完全に無視してしまうなら、現在の確保がよわくなるという意味において、未来への躍進はあぶなっかしいものとなる。このようにいうことは、過去主義あるいは回顧趣味の奨励では、もとよりない。じじつ、未来への意欲をもたぬひとには、過去はとらえにくいものとなるのであって、わたしたちのいいたいのは、過去のうちで現在に生きている、あるいは生かしうるものをつかんで、未来への出発を確実なものとすべきだということである。

 要するに、未来に対して何かを創造するためには、まず私たちが生きている現在を規定している過去から学ぶ必要があるということです。私たちは、何もないところから創造できません。
 また、この文章は、「なぜ古典を読むのか」という問いに対する回答にもなっていると思います。

日本の近代思想の遺産

 例えば、あなたが日本の現状に問題意識を持ち、そんな状況を打破して、より良い社会を創造したいと考えるとき、日本の近代思想から学べることが多くあります。
 本書は、日本の思想的苦闘の跡を紹介しています。急速な近代化によって、西洋的な観念と日本の伝統的な価値観との乖離に葛藤し、乗り越えようとした苦闘は、グローバリゼーションの中で日本的な価値観をどう解釈・評価するかを考える上でも参考になると思います。そういう意味において、私たちが現代的な問題を考えるとき、近視眼的でナイーブな思考になりがちです。しかし、本書で紹介されている本は、その洞察の深遠さにおいて異なる次元にあり、現代的な示唆に富んでいます。これらの書は、いまや「古典」として扱っても差し支えないと思います。

本書を薦めるかと言えば

 では、日本の近代思想を学ぶために、本書を薦めるかと言えば、少し逡巡してしまいます。本書は、目録としてはとても便利ですが、名著の紹介や解説はやや不十分で、消化不良の感が否めず、幾分古めかしい記述も見られます。
 「こんな本あるんだ」とか「名前は聞いたことあるけど」というようなときに、本書をペラペラめくって、内容を確認し、興味があるものが出てこれば、その古典を読む、というような使い方が良いのかもしれません。

中公新書、刊行のとき

 先述したように、本書『日本の名著』は中公新書刊行の第1刊目です。つまり、この書から中公新書は始まりました。そして、本書(他の中公新書でも同様)の最後のページに記されている中公新書刊行のことば(1962)は、当時の中公新書の強い意志が垣間見れます。その最後を引用します。

 私たちは、知識として錯覚しているものによってしばしば動かされ、裏切られる。私たちは、作為によってあたえられた知識のうえに生きることが多く、ゆるぎない事実を通して思索することがあまりにすくない。中公新書が、その一貫した特色として自らに課すものは、この事実のみの持つ無条件の説得力を発揮させることである。現代にあらたな意味を投げかけるべく待機している過去の歴史的事実もまた、中公新書によって数多く発掘されるであろう。
 中公新書は、現代を自らの眼で見つめようとする、逞しい知的な読者の活力となることを欲している。


 中公新書は、ハズレが少なく、良書が多いイメージがあります。それは、この「中公新書刊行のことば」に書かれている信念が受け継がれているからかもしれません。

 今回は以上です。



いいなと思ったら応援しよう!