それは、アートの旅【顔たち、ところどころ】映画レビュー
上映が始まると、画面にはでかでかと「UPLINK」の文字が浮かび上がる。ここって数年前までこういう映画をよく配給していたよなと懐かしくなる。UPLINKって今でも配給事業をやっているのかな?
ヴェルダは日本で言うと草間彌生を想起させる感じのおばあさんで、長身の相棒、JRとはまさに凸凹コンビといった趣でよい。
アーティストであるJRの作品は、巨大に印刷したポートレートを、そのひとのゆかりのある場所(例えば農家の壁とか)に貼り付けるというもの。撮影した相手にも手伝ってもらって、ぺたぺたと張り付ける。そこには、穏やかな時間が流れる。
撮影の様子も面白い。地元の住民はみんな協力的で、楽しんでやっている。特に公共の空間に貼り付けるのは反発も起きそうなものだが、少なくとも映画の画面に登場する人々は楽しそうにしている。
作品を張る場所が高い位置だったりすると、全体像を見るには階段を上っていかなければならない場合もあるのだが、ヴァルダは撮影当時87歳のため、長い階段を上っていくのが大変であった。一方のJRはとんとんと階段を駆け上っていく。
結局ヴァルダは途中で登るのをやめるのだが、一見して老人をいたわらないJRはひどい奴である。自己中心的にも見えるが、ヴァルダは自分なりに登った高さで満足する。無理に他人に合わせようとしない二人が潔い。
2人はアートを通じた対話を重んじる。ヤギ農家を訪ねるのだが、ヤギたちに角がない。農家に尋ねると、幼いころに角の部分を焼き切ってしまうのだという。そうしないと、けんかをしたときに角でけがをしてしまうからだ。
ヴァルダはそれに疑問を抱き、巨大なヤギの顔を貼る。そのヤギにはないはずの角が生えていた!
かなり挑発的な作品だと思うが、農家は静かに受け入れる。「ヤギの角問題は前からあった」と角にボールをはめて安全にする案など、代替えの方法まで提案してくれる。懐が深い。「君は主張をして、闘って。俺はあのヤギを守る」という最後の言葉がいい。
映画の最後で2人はゴダールに会いに行く。まさかのビックネームの登場に少々面食らう。だがゴダールは約束を反故にし、メモだけ残して行方をくらましてしまう。かなり傷つくヴァルダをJRは励ます。
冒頭の旅の始まりとこのラストの場面はかなり演出的で、演じているような人工物感がある。この映画の不思議な構造を感じ、映画は幕を閉じるのであった。