「白いものに」触れる——ハン・ガン『すべての、白いものたちの』について
「白いものに」触れる
「白いもの」を畏れてきた。まっさらな白紙に詩を書きだすことは、自分を試されているようで、幼い頃から怖かった。真っ白な雪に覆われた朝、一変した景色へ足を踏みだすように。
この冬の終わり、韓国の作家ハン・ガンの小説『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子訳、河出書房新社)を、身体に馴染ませるように何度も読んだ。散文詩にも似た、断片的なテキストが成す物語。その軸となるのは、著者の母が経験した壮絶な早産の体験だ。
彼女は二十二歳の頃、八か月の早産で初めて赤ん坊を産んだ。陣痛に耐えながら、白い産着を縫い、たった一人で産み落とした。赤ん坊(女の子だった)に産着を着せて、「死なないで、お願い」と呼びかけ続けたものの、その腕の中で赤ん坊は冷たくなっていった。
言葉を失うほどの喪失体験を、著者は〈孤独と静けさ、そして勇気〉を持って描く。死者に〈あたたかい血が流れる体を贈りたいなら、私たちがあたたかい体を携えて生きているという事実を常に常に手探りし、確かめねばならなかった〉から。
出会うことすらかなわなかった姉の存在。しかし一章の終わりに本書は大きな転換点を迎える。物語の語り手は「あなたに、私が白いものをあげるから」と呼びかけ、姉に自らの人生を手渡すのだ。二章「彼女」では、生きた身体を持つ〈彼女〉として、姉がワルシャワの街を歩き、その目に映る「白いもの」が記録されていく。
誰かの死を引き受けることは、己の存在意義を問うことでもある。著者が「白」に見いだしたのは、声にならない感情、見えない歴史、生きられるはずだった姉の人生だ。本書は、生者と死者に視点を変えながら、言葉によって丹念に「白いもの」に触れていく。痛みの記憶をこじ開けるように、私はその白いページをめくり続けた。
初出:北海道新聞 2021年4月4日付
連載〈あの本、気になる〉より(一部修正)
*現在、紙の文庫版は重版中のようですが、Kindle版で購読可能です。