彩色調査あれこれ 写真とペンタブでやってみました
今回はご無沙汰してます彩色調査についてです。
さてさて今回は「彩色調査」ってどんなことをするのかしら、
調査する人は何を見つけようとしているのかしら、なところを記していこうと思います。
そして、修復業に携わっていた頃には備えていなかったペンタブという文明の利器を用いまして、簡易なイメージ図も作ってみました。
どうぞ楽しくご高覧下さい。
調査対象はこちら。
1.彩色調査とは
まずは簡単に社寺彫刻の彩色調査についてですが、
彩色=描かれた色や形を調査して、本来どのように描かれていたかを調査するものです。
「当初」の状態から年月に洗われ風雨に曝され、
今はもう何が何だかなになった「現状」を調査して「当初のイメージ」に近づこうという試みの仕事です。
あえて「当初のイメージ」という迂遠な言い方をしていますが、保存修理の界隈では「なおすこと」にまぁまぁ使い分けがあります。
ここに修繕とか保存修理とか加わってくるので何がなんやら。
「復原」なのか「復旧」なのか「修理」なのか「修復」なのかは
文化庁さんや文化財保護課さんなど、いわゆる監督される方々が厳密に使い分けたうえで工事名称・報告書などが作成されます。
たぶん国語辞典とか語源とは違う、かなり業界用語に近い使い分けです。
正直、私は自信をもって使い分けられませんので、報告書を書くときはもう仰せのままに状態。
というわけで今回はゆるく「いい塩梅の復旧」スタンスで進めて参ります。
2.彩色調査のながれ(画像から調査Ver.)
通常、現場で調査できる場合には現場百遍な流れになるのですが、今回は画像からの調査です。
実際の仕事でも現場でなかなか調査できない場合、工房でひたすら画像をにらんで調査するしかない。
工房メインの作業では、画像がなければ何もできません。
現場に入れるタイミングで「これでもか」と撮影しまして、時間があれば実物にはりつきながら痕跡の記録を行います。
①画像の加工(ゆがみ直し)
まずは調査の土台となる画像の加工から始めます。
調査してわかる痕跡の記録やイメージ図のために、調査対象に正対した図が必要なため、その形にするべく加工します。
現場で真正面から撮影できれば良いのですが、足場の高さやモノのとりつき方によってはそれは叶わないことが多いです。
撮影に最適な足場と、調査や施工のために最適な足場は違ったりします。
そして写真は得てして歪むものです。
画像から図を起こす際にはちょっと加工してからとりかかります。
今回は足場のない状況で撮影したため、見上げた状態が現状画像です。
こちらをPhotoshopで加工しまして、正対している風に。
まったくもって文明の利器です。
通常は足場があったり脚立があったりで、見上げ写真1枚だけなんて状況はあまりありませんが、それでも傾いたりパースがついているので「正面からみたよ」の形にします。
②白描おこし
続きまして土台づくりその2。
「白描=線画」の作成です。
調査では、モノのどこにどんな痕跡があったかを記録していきます。
文字で「鼻に青色塗膜」とかでも良いのですが、どんな大きさでどんな状態でとなると、図面に描き記すのがわかり良いです。
こうした痕跡の地図みたいなものを「痕跡図」や「調査図」、「野帳」といいます。
加えて、写真がバンバン撮れる現代においては、痕跡の撮影も必要です。
白描おこしは先ほどの正対画像から輪郭線を起こします。
今回は現場で確認もできないので、画像からの調査になるため痕跡図は割愛しますが、イメージ図作成のために起こした線がこちらです。
③痕跡調査
ここからようやく痕跡の調査を行います。
調査のポイントとして挙げるならば以下の4つ。
画題の特定
できるようであればまずは画題の特定をしてしまいます。
例えば今回の蟇股彫刻であれば「獅子・牡丹」が画題です。
そこに「土坡」がありますので、モチーフとしては3つ。
土坡は足元にある小さい山みたいなものの呼び名です。
今回の対象はTHE・王道な画題のためすんなりいきますが
花が何の花かわからなかったり、鳥がなんの鳥かわからない、
はたまた「もう何かの生き物です」という状況もありますので
その場合は早めに画題特定してしまうべくがんばります。
画題を特定することで得られるものはこの3点です。
①メインの色が決まることが多い
②関係者間で呼び名がつくので話しやすい
③類例を調べやすい
①が一番大きな利点で、例えば何の色も残っていない彫刻があるとします。
その彫刻は動物で、すこぶる耳が細長い。
「そんな動物はうさぎだね」と誰の目にも明らかになった瞬間にメインの色が絞れます。
うさぎであるならば、体の色はおそらく「白・茶・黒」系になるため
本当に何の痕跡も文献も残っていなければ、関係者間での話し合いで色を決めるのみとなります。
白が黄味がかっているとか、茶色がかなり赤茶とか、白に黒ブチとか、
色々と考えられることはありますが
「まぁあんまり緑のうさぎっていないよね」という認識はできます。
モチーフごとにメインの色をさがす
このすごく当たり前なことを各モチーフにしていくと、大まかな全体の配色候補が何点かできます。
それを念頭に置いて痕跡をさがすと重要な塗膜に狙いがつけやすい。
今回の彫刻に関しては塗膜の残りが良いため、「獅子=青」「花=赤」「茎・葉=緑」「土坡=緑」がメインの色と見て取れます。
さらに各モチーフの細部にも目をやりまして、
「獅子の口・腹は赤」「たてがみは黄味勝ちの茶色」
「花と土坡は部分的に金色」「葉と茎の緑は色が違う」「蟇股の枠の色」は
パッと見た感じでわかるところです。
モチーフごとに細かな描き込みをさがす
こうしておおよその色がつまってきました。
さてさて、ここから更に細かな部分の詰めを行います。
このあたりからが専門的な目のつけどころ・醍醐味です。
最初に身も蓋もないことを言っておきますと
細かな描き込みを見つけるコツは、どれだけたくさん彩色彫刻を知っているか、劣化した痕跡を見てきたかに尽きます。
やはり知っているからそこに目が行き、さがし、見つけられるんですね。
さて、今回の獅子さんも細かな部分を詰めていきます。
【土坡】
さきほど例に出しました土坡です。
メインの色は緑ですが、金色、より暗めの緑、苔の彩色が見て取れます。
また、木地の露出部分には白い塗膜もあります。
1つずつ色について詰めていきましょう。
白
木地に一番近い塗膜に見えます。
拡大してみると白の上に黄土や緑色塗膜があり、仕上げの状態で白を見せていないようなのでこれは下地とみます。
彩色の下準備として木地には白を塗ることが多くあります。
獅子のたてがみや体、蟇股の下の文様にも見て取れることから間違いなし。
金
黄土絵具かどうかの見極めが画像ではやや難しいのですが、
拡大すると光沢があり、他の金の部分(花やたてがみの線)と似ています。
蟇股の横の板壁に使われている絵具は黄土で、それと比べ少し明るめの色味かつ、厚みのない様子です。
緑と青
緑は蟇股の下の文様にも同じような色が使われています。
土坡の谷間にはその緑よりも暗め、少し青味がかったものが感じられます。
ベースの緑に青がぼかし入れられているようです。
苔の彩色
土坡には苔を描くことが一般的に行われていまして、今回もわかりやすく残っています。
土坡の緑よりも明るい「白緑」に青い中心、白の胞子は苔の王道の描き方。
これで土坡についてはかなり要素が拾えました。
他にもないかなぁとさがすならば、土坡にザッザッとかける「墨線」ですが
この角度では見当たらずです。
【牡丹】
つぎに花の詳細を拾っていきます。
花弁には金色の線があり、これは花の脈の彩色です。
葉っぱには葉脈が描かれており、表葉と裏葉で色が異なる。
表葉はまんなかの太い脈が白緑、細かな支脈は黒い線です。
裏葉ははっきりとはわかりませんが、少し線のような痕跡があります。
今回はさがせていませんが、表葉には暗い緑か青いぼかしが、裏葉には緑か薄い墨のぼかしがはいることが多いです。
花弁の赤色にも濃淡あるように見えるのでぼかしがありそうですね。
【獅子】
獅子はメインのモチーフなので、細かな描き込みが多いです。
部位ごとにみていきます。
体
目につくのは、まるいほわほわした模様。
これは「風車紋」と呼ばれるもので、動物の体毛を表します。
中心に点があり、そこから毛を回るように描き込みます。
線の色や密度で体毛をオシャレに表現できる素敵な「風車紋」。
今回の風車紋は金と白の毛書きで、中心は白。
おそらく体のベースの青色を塗ったあと、暗めの青で風車紋の部分を残しながらぼかしてあたりをとり、毛など描き込んだ感じでしょうか。
それだけではなく、おなかや脚の青色がぼかされている部分には
墨線で細かな毛描きがされています。
眼
目尻近くの眼球に、やや塗膜が残っています。
塗膜の残り方がちょうどぼかした感じに残っており、9割方ぼかしがあったと思われます。
塗膜の剥がれ方として、少しずつ劣化・風雨に曝された場合には一気にボロッといくのではく、塗った形を残しながら剥がれ落ちることがあり
この箇所もそうした残り方に見えます。
同様に黒目のフチも、はっきりと塗膜は残っていませんが形がわかります。
たてがみ
よくよく見るとたてがみの根元には緑色が見えます。
ただ茶色が塗られているだけではなく、ここもぼかし。
そして毛描きは金色。
濃い茶色や墨の線もあって良いかと思いますが、いまいち見えず。
顔のまわりのたてがみの線が茶色っぽいのですが、
金線に汚れが付着しているのか判断しづらいところです。
右前足の金色がよくわかる線の間に、他の色の線がみられないことから
なしとしておきます。
④イメージ図作成
そうしたこうしたで作ってみたのがこちらです。
こうしたイメージ図を「小下図」として作ります。
それをもって所有者さんや元請けさんや監督さんと話し合います。
検討した結果描き替えたり、色味を変えたり実際に使う材料は何か決めたりしまして、OKとなったら「見取図」を描きます。
今回のイメージ図、よくよく見たら苔の位置とか土坡の墨線とか好き放題に作っちゃって「おいおい」な所もあるんですけどね。
おおむね流れはわかっていただけたのではないでしょうか。
痕跡が全然ない場合、「好きにやっちゃって」というケースもあります。
また、痕跡がないのに「厳密にやって」という無理難題もあります。
全然ない場合に目を凝らしすぎて「他の人には全く見えないものが見える」人がまま出現。(調査好きは、そうでない人から「見える系」と言われる)
がんばって探しに探し「痕跡ありました!」と意気揚々言ったらば、監督の人に「見えないよ」って言われた時のぐったり感といえばもう…
「見えないよ」って言われないために、「見えやすくがんばって写真を撮る技術」とか。
早い段階で「ここまでしか描けません」と言って「メインの色しか塗っていない小下図を見せ、先方に”もっと描き込まないと下塗りに見えるじゃない”と言わせるテクニック」とか。色々駆け引きがあります。
落としどころとして火を吹くのが「よそはどうなのよ」を示す「類例」。
今回の獅子について「なんで眼のぼかしは緑にしたのか」とか
「もっと塗膜が残っていない場合はどうするの」とか
そのあたりで火を吹いてくるのでまた別の機会にご紹介します。
3.おわりに
長々と書くたんびに、分割したら投稿数も増えるのになぁと思います。
でも、「次回に続く!」「乞うご期待!」みたいな引っ張れるヤマが作れず今回も長丁場となりました。
長かった割にペンタブについてほとんど触れていません。
お付き合い頂けた方、ありがとうございます。
まだまだ書けてないことがありまして。
「金は箔なのか金泥なのか」とか。
「体にも金箔あったと思われる淡い紫の痕跡」とか。
「なんで淡い紫の痕跡が金箔になるのよ」とか。
「この彩色が本当にオリジナルなのか」とか。
「絵具材料の特定はどうするの」とか。
「苔・土坡コレクションや風車紋コレクションも紹介したい」とか
さすがにおなかいっぱいなので今回はこのあたりで〆ると致します。
ここまで塗膜が残っていたら、画像だけでも結構楽しく調査できるので
また別の彫刻でもやってみたいと思っています。
ご興味ある方はどうぞお楽しみに。
今回もお読み頂きありがとうございました。
おまけ
彩色調査、楽しいですよ。
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