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技法のはなし -斗の彩色-

こんにちは。今回は社寺建築の彩色の1つ、斗の彩色についてです。
社寺建築の重要な構造部である斗栱の彩色は基本でもあり、また全体の印象を大きく左右する部分でもあります。
以前にご紹介した「繧繝彩色」が多用されていますが、何はともあれまずは斗って何?のところから。


1.ますとは

社寺建築の木組みの1つに斗栱ときょうというものがあります。この斗栱は名前の通り「斗」と「栱」から成るもので、「斗」はそのまま斗を指し、「栱」は「肘木」と呼ばれるものを指します。
斗と肘木は組み合わせることで、前に前に張り出すことができます。屋根の重量を効率よく支えながら、深い軒を演出できる優れた木造建築の発明として、中国から韓国・日本と伝わってきました。
名称は斗栱の他に「組物」「斗組」など。

わかりやすい図としてはこのようなものがあります。

小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

コトバンクより引用の「日本大百科全書(ニッポニカ)/小学館」から
ご登場頂いてます。

より詳細に組み方や斗・肘木の種類など知りたい方は「社寺建築 斗栱」などで検索頂くと、色々と出てきます。
実際に社寺建築ではこんな風に組まれています。

京都府八幡市_石清水八幡宮_本殿 (69)'

こちらの斗栱は単色塗装のものですが、さてさて彩色するとなるとどんな風になるのでしょう。


2.斗の彩色

記事のTOP画像にあるように、斗の彩色は華やかなものが多いです。
斗は四角く平たい面=ツラと、その下の曲面部分=斗繰に分けて彩色されるのが主流で、ツラはその四角い形のままに繧繝を、斗繰は「反り花」と呼ばれる文様を施すことが一般的です。

斗栱彩色説明

実際の斗栱は建築部材であるため、壁にとりついたり、軒の深くに奥まってついていたりします。
壁にとりついたところでは、斗が半分壁に組み込まれていますので、絵具が壁につかないよう注意したり、彩色をどんな風に切るか考えたり、場所ごとに工夫します。

特にお手間なのは斗の背面にあたるところ。深く組み合った斗栱では、背面をちゃんと見ながら彩色できないことが多々あります。
斗と肘木の隙間からのぞき見える部分と、形のイメージを頼りに手探り状態で彩色します。

※ 背面は単色で塗りつぶしたり、見える範囲だけ彩色したりと簡便にする場合もあります。いちばん楽なのは「取り外されている斗に彩色すること」ですが、解体工事でも工事の流れによってはとりついた状態で行うことが多くあります。


そんな背面の彩色方法。
ずばり「加工した筆」を使います。

加工した筆というのは、①曲がり筆 ②短い筆 のことで、こうしたものを駆使して(あとは気力と実力で)彩色します。

曲がり筆は、持つ軸の部分と筆先が本来一直線上にあるところを、そうではなくできる優れもの。でも慣れないうちは難しいです。
使用していた筆が軸からぽろっと取れてしまったときなどに、曲がり筆にしておくと、とっさの現場で使えて至極便利です。

短い筆は、身も蓋もないくらいシンプルな話ですが、長い軸が他の部材に当たってしまうから切っちゃおうというもの。こちらも至極便利です。

斗栱彩色説明2

構造物の彩色・塗装は、塗る技術ももちろんですが、足場の高さの調整や、こうした道具の加工も必要です。
こみいった部材に頭をなんとか入れながら、自分の描きやすい体勢を作り出す全身運動といった側面が、現場作業の面白いところでもあります。

ベテランの方は描く時間よりポジショニング考えている時間の方が長いんじゃないかと思うこともままありました。


3.斗の彩色いろいろ

そんなこんなで彩色された斗を見ていきましょう。

斗の彩色説明

まずは比較的ポピュラーなタイプで3種類ご用意しました。
左から順に、和歌山は紀州東照宮より楼門の斗。中央は都道府県不詳(すみません)吉祥院の斗、右は京都清水の阿弥陀堂よりご登場です。

ポピュラーな、とは言いましたが紀州さんのは反り花が詰め込まれているのがチャームポイントですし、吉祥院さんも少し味のある配色が印象的です。
清水寺は斗繰もその形のままの繧繝で、さすがといった桃山・慶長の趣きが素敵。

斗の彩色、もちろんこれといった決まりはありませんが、ツラはこうした繧繝、斗繰に関しては「反り花」・「グリ系の反り花」・「繧繝」のパターンが多いです。

彩色も時代ごとの流行り・特徴はあるのですが、創建された年代はわかっていても、補修や改築にともなって彩色も塗りなおされているため、彩色年代の特定は見ただけでは無理です。
彩色の痕跡や、その社寺に関する文献等、情報を集めてようやく「推測」できるもので、なかなか断言できるものではありません。
前の時代を踏襲しながら彩色工事されてきた場合は、なんとなく「桃山風な」や、なんとなく「当初っぽい」、貴重な外観が現在も見られます。


続きましては個性的な斗の彩色をご紹介です。

斗の彩色説明2

さきほどの3つがポピュラーと言いました意味が、なんとなくわかって頂けるのではないかと思います。

上段の左から、群馬県一宮貫前神社・大阪河内長野の天神社・滋賀県明王院本堂、下段は岡山県本久寺・奈良県當麻寺奥の院・同じく奈良県宇陀水分神社さんたちです。

ツラの繧繝も一筋縄ではいかないこともちろん、斗繰に関しては自由な彩色で、とても興味深いものです。
とはいってもツラに関しては、その四角い形に添った繧繝がなされ、中央にワンポイントとなる「墨の一文字」あるいは「文様」というのが傾向でしょうか。
対して、斗繰はその曲面を活かす伸びやかな反り花が用いられるか、高さを活かし斗繰を水平に分割する傾向にある気がします。

そもそも斗の形(大きさやタテヨコの比率など)は社寺ごとに違います。
なんなら同じ建物の中でも微妙にちがいます。
基準となるデザインを決めた後は、各々その部材の形状をみながら、木地の凹凸や虫穴や(たまに蜂)と対話・格闘して塗り上げていきます。

ツラの繧繝のような直線からなる彩色も、定規等は使用しません。溝引きという直線を出す方法もあるのですが、少数精鋭の道具で現場は臨むため、筆だけで彩色していきます。溝引きを使うと木地の凹凸にうまく絵具が入らないということもあります。

ですので、よーく見てみると社寺の彩色は微妙に歪なラインがあったりします。1つ1つの微妙な差異が「手作業の温かみ」なのか「ゆらぎの妙」なのかは見る人それぞれかと思いますが、木材も1つ1つ異なり、その違いにあわせて部材を切り出し、その部材にあわせて彩色・塗装がされているのが社寺建築の面白さの1つであると思います。


技術の発達によって、手作業での彩色・塗装も部分的に変わったり、減少するのではなかろうかと思うこともありますが、ニッチでゆるい業界の話、まだ少し先のことでしょう。
それまで自由で多様な部材ごとの彩色あれこれを楽しみます。

最後まで読んでくださいましてありがとうございました。
斗は単体でコロンとして可愛らしいプラス、彩色バリエーション豊かな部材なので、レゴとかキーホルダーとかならないかなぁとぼんやり考えたり。

それではまた次の記事で。


おまけ

繧繝とは、社寺の装飾とは、
まだまだ気になる方はこちらもどうぞ。
長文傾向ですがライトな記事とフリーマガジンです(*’∀)


ちょっとマニアックな話ではこんなものも

お楽しみいただければ幸いです(*’∀’)

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