第8回大人の読書感想文コンクール落選作品「襷を、繋ぐ」
“兄はしょっちゅうトップを走っていた。マラソン大会の前は家の近くの堤防を周回する特訓に、楽しそうに取り組んでいた。ああ、きっと先頭を走るっていうのは、気持ちがいいんだ。誰も自分の前を走っていない。目の前の景色は、全部自分のもの。
兄が卒業したあとのマラソン大会で、春馬は早馬と同じ光景を見た。誰も前を走らない光景を。ゴールの瞬間に聞こえる歓声を”
小学校6年生の持久走大会で優勝した事がある。
クラスには私より足の速い子が2人いて、私は彼らに大きく遅れる3番手だった。誰も私の優勝なんて予想してなかっただろう。ところが本番当日、3番手で走っていた私は途中で1人抜き去り、中間地点でもう1人も抜いた。まさかのトップである。
夢じゃないかと思った。
3年生の時は病気で走りたくても走れなかった大会を、皆にナイショでこっそり練習で走っていたコースを、夢見ていた一番で走っている。
学校へ続く大通りを走っている間、私は世界を独り占めしている気分だった。
グラウンドに入った時のどよめきと歓声、最後の直線の景色、ゴールテープを一番で切った時の感触、5年生の女の子にかけてもらった一着のリボン。全部はっきり覚えている。
その歓喜と興奮の光景をきっと、眞家早馬と春馬の兄弟も味わったのだろう。
持久走大会で優勝して以降、私は走る度に足首や膝が痛むようになった。
高2の駅伝大会で、自己ベストを大きく更新し、強豪校のエースを含む9人抜きでトップに立つ走りを見せた早馬は膝を剥離骨折した。きっと実力以上の力を出した事に身体がついて行かなかったのだろう。
私は高校では陸上部に入って長距離を走ろうと思っていたけど諦めた。
早馬は競技復帰を諦め、練習とリハビリをサボるようになった。
“お前はやめたいんだ。もう走りたくないんだ。”
そう言ってくれる人がいたのなら、私も早馬もどれだけ楽だったろう。
もう走りたくないと。誰かに負けるのが嫌だから。
私は中学に入って絶対勝てない相手に出会った。同じ野球部のエースだった彼とは高校も一緒だったので6年間チャンスがあったわけだが一度も勝てなかった。
眞家早馬は、高校に入った途端力をつけてきた弟の春馬に勝てなくなった。
走っても走っても追いつけない彼の背中がいつも前にある。疲れなど知らぬように走る彼を見て、走りの神に選ばれた人間というのはいるものなのだなと思わされてきた。
その差は縮まらないどころか、引き離されてた。それが辛かった。
私は担任に部活をするよう勧められ新聞部に入った。
早馬は、担任である稔にアスパラガスの収穫を手伝うよう頼まれた事がきっかけで料理研究部の井坂都に料理を習うようになった。
私はリハビリも練習もサボっていた早馬のように新聞部をほとんどサボっていた。私も早馬も自分が本当にやりたい事・やらなくちゃいけない事から目を背けていただけだった。
けれども私は高3の1学期、最後くらいはと思い真面目に部活に出て記事を書くようになった。すると最後に自分でもびっくりするほどいい文章が書けた。
そして気付いた。
私は、書く事も好きなんだという事に。
「最近さ」
「走ってて、本格的に苦しくなったらさ、考えるんだ」
「今日の晩御飯、何かなって。兄貴、今日は何を作ってくれるのかなって」
私も早馬も、自分を見つめ直した結果走りの世界に戻ってきた。
そして私は書く事、早馬は料理を続ける事も選んだ。
けれども走っている最中も書いている最中も苦しいと思う時がある。
思うような結果は出せないし、納得のいく走りや文章もできない。
足が痛んで立ち止まる時があるし、何も浮かばなくて書けない時もある。
いつものジョギングコースで残り1km地点にさしかかった時「まだあと1kmもあるのか」と思う時がある。「あと10km」の看板を見た時なんかもっと絶望的な気分だ。
そんな時思うのだ。
今日の晩ご飯は何なんだろうと。
走った後のご飯は美味しい。それを考えるとちょっとだけ頑張れる気がするのだ。
今日食べたご飯が明日のエネルギーになるように、そのご飯の材料が色々な人の手や仕事でできているように、世界というのは色々な人が繋ぐ襷のようなものでできているんじゃないだろうか。
それを始めた人、参加する人、作る人、運営する人、歓声を送る人、歴代の頂点に立った人。様々な人が頑張ってきた事や思いが受け継がれ、襷が繋がれるようにして。
読書感想文が苦手なのに初応募で2作品同時入賞、ライトノベルの読書感想文とこれまでの入賞者と比べ異色の存在だったように映るかもしれないが、私なりにこの大人の読書感想文コンクールの入賞者達が受け継いできた襷を繋いできたつもりだ。
次にこのコンクールに参加する人達の事も考えた感想文を書いてきたつもりだ。
でもそろそろ、次へと襷を渡す時が来たのかもしれない。
次は、あなたの番だ。
使用図書 『タスキメシ』 額賀澪
あなたが読みたいと思ってた文章、書きます。