メルカトル悪人狩り(2021/9/17)/麻耶雄嵩【読書ノート】
愛護精神
『メフィスト』1997年9月号に掲載された「愛護精神」は、長らく単著に収録されず入手困難だった作品。直接的なタイトルが特徴で、美袋が住むアパートで起こる不穏な出来事を描く。大家の未亡人からの依頼を断りきれずメルカトルに持ち込む展開が読みやすい。悪人狩りのコンセプトを前提に読めば、初期作品としても十分な価値がある。メルカトル短編としては典型的ながらも、美袋とメルカトルの関係性やメルカトルの不気味さが良く表現されている。
水曜日と金曜日が嫌い
新本格ミステリ30周年記念アンソロジー『7人の名探偵』に収録された後、単著に再収録された「水曜日と金曜日が嫌い」。元のサブタイトル「大鏡家殺人事件」は削除され、登場人物の名前も大鏡から大栗に変更された。この変更は、過去の麻耶作品との重複を避けるためと思われる。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』へのオマージュであり、メルカトルを投入することでどれだけ物語を短縮できるかの試みとして興味深い。
不要不急
ウェブ企画『Day to Day』からの短編「不要不急」は、第二話の後日談として位置づけられている。美袋が再び困難な状況に直面する様子が描かれ、この短い作品を通じて探偵業の一端が垣間見える。
名探偵の自筆調書
『IN★POCKET』1997年8月号に初出の「名探偵の自筆調書」は、美袋三条が書いたという設定のショートショート。単著未収録作品の中でも注目されていた。メルカトルが完全犯罪の成立条件について美袋に講義する内容で、短いながらも深い意味を持つ作品だ。
囁くもの
『メフィスト』2011 VOL.3に初出の「囁くもの」は、発表されない第二話を持つ伝説のシリーズの一部。後味の独特さと鋭いロジックで知られ、悪人狩りシリーズの雛形としてコンセプトをストレートに伝える。美袋がいつもと違うメルカトルに戸惑いつつ、彼の行動の背後にある疑念に気づく展開が見どころだ。
メルカトル・ナイト
2019年にメフィストで予告された「メルカトル・ナイト」は、新作短編の発表に多くの読者が興奮した作品。タイトルの面白さと奇妙な謎に対するメルカトルの不可解な言動が特徴で、「囁き」というシリーズのコンセプトを反映している。
天女五衰
天女伝説を題材にした「天女五衰」は、ロジックに絡み見事な事件を構築する。細かい造りと地味ながらも魅力的な内容で、メルカトルのキャラクターが際立つ。美袋がメルカトルにいじめられる様子も含め、シリーズのコンセプトを忘れずに描かれている。
メルカトル式捜査法
「メルカトル式捜査法」は、調子の悪いメルカトルから始まる短編で、予想外の結末に向かって進む。メルカトルならではの悪人狩りシリーズの中でも際立った存在であり、読者を驚かせる内容が展開される。この短編は、シリーズの最終作であることを示唆し、メルカトルの「銘探偵」への定義を以て終幕する。
本格ミステリの本質を深く理解することにより、その枠組みを超える創造性が生まれる。この観点から『メルカトルかく語りき』を眺めると、この作品は本格ミステリの典型を根底から覆し、ミステリの構造そのものに対する深い問いとその解明を提示した異色の存在であると言える。前作が銘探偵メルカトルの「無謬性」を証明することで、銘探偵の存在を確立したならば、本作はその無謬性の起源を探求する旅である。この問いは、より哲学的な深みを持ち、一見地味ながらも、メルカトルの存在論と銘探偵という概念の意味を掘り下げる。
本作のテーマは、前作よりも一層観念的であり、その根源的な問いは、メルカトルの真髄を解き明かす。表面上は衝撃的ではないかもしれないが、作品を深く読み解くことで、過去30年の軌跡を垣間見ることができ、メルカトルシリーズの新たな理解に至るだろう。本作が初心者にも親しみやすい構成である一方で、本格ミステリの構造や問題提起に魅力を感じる読者には、より深いミステリの核心への思索を促す。
このシリーズが前作と本作で極めて究極的な境地に達していることを鑑みると、メルカトルシリーズの終焉も予感される。しかし、ミステリの型を超える探求はまだ終わってはいない。メルカトルシリーズがこれからもミステリの枠組みとの対話を続け、新たな地平を開拓していくことを切望する。