思い出した謎の言葉
女性二人。
何気ない会話。
「小学校の時、
よくみんなで校庭で、
鬼ごっことかしなかった?」
「したした。
暗くなるまで。
なんだろうね?
あの底なしの体力。
今なら絶対無理なんだけど」
「私も。
でもいつも一緒にいたあの子。
楽しかったのかな…。
あんな長い時間、あぶらしっこで」
「あぶらしっこ?」
「え?!
あぶらしっこ、知らない?」
「ごめん。
それ何?」
「あぶらしっこって…
何て言えばいいんだろ…
ようはゲームに参加してるけど、
関係ない人…モブキャラっていうの?
鬼ごっこで捕まっても鬼にならない子」
「何それ?
その子、楽しくないじゃん」
「そうなんだけどね。
うちは小さい学校で、
生徒数が少なかったの。
だから低学年の子も、
上の子たちと一緒に遊んだの。
でもその子はまだちっちゃいから、
すぐ捕まっちゃうの。
そうすると、
その子ばっかり狙われて、
その子ばっかり鬼になっちゃうのよ。
でも遊びに入れないのもよくないでしょ?
仲間外れみたいで。
だから、あぶらしっこ」
「子供の多様性みたいな話だね。
それは誰が考えたの?」
「いや、上級生の真似しただけ。
きっと、ずっと前からそうだと思う」
「高橋さん、田舎どこ?」
「私、山形だけど」
「へえ~。
私のところではそういうの、
なかったなあ。
好きな子だけで遊んでたし」
「うちは田舎だから学年によっては、
ひとクラス5人とかあったし」
「でもそのあぶらしっこの子は、
参加してて面白かったのかな?」
「どうだったんだろう?
でもキャッキャ言いながら、
一緒に逃げ回ってたし、
暗くなってくると間違えて、
その子を捕まえちゃう子もいたの。
すると、あぶらしっこだから無しって、
みんなが指摘するのが定番で」
「何かさ…
微笑ましいね。
それにみんな仲良さそうで」
「仲は良かったかも。
あの子…みんなと走り回って…
楽しかったのかなぁ…。
本人じゃないから、
よくわからないけど」
「楽しかったんじゃないの、きっと。
でもそういう、
その土地、独特の風習って、
何か面白いね」
「うちらは当たり前だと、
思ってたけどね。
全国でもあると思ってたし…。
あっ!」
「どうしたの?」
「そう言えば、思い出した!
中学校に上がった時、
他の学区の子たちと、
同じクラスになって、
あぶらしっこって言ったら、
何それって言われた」
「え?
それ山形共通じゃないの?」
「その子は、
隣町の学校の子だったんだけど、
うちではあぶらんけって言うんだって」
「あぶらんけ?
ちょっと似てるね」
「そういう鬼ごっこや、
かくれんぼに参加しても、
鬼にならない子はその地区では、
あぶらんけって言うって」
「そんな近くでも呼び名が違うんだ。
興味深い話ねえ……
……………」
私は今、
銀座のアンテナショップにいる。
数年前、一緒に働いていた、
その子の話が急に蘇ってきた。
今、どうしてるだろう?
あぶらしっこ…。
あぶらんけ…。
使ったこともない言葉なのに、
懐かしささえ感じる。
私はスマホで調べてみた。
【あぶらしっこ】とは、
一緒に遊ぶ時に手加減する小さい子。
(ほんとだ。
あの子の言ってた通りだ。
でも、他県にはあぶらっこってのもある。
あぶれた子供って意味なんだ。
何だかこっちは疎外感のある意味で、
ちょっと悲しい。
あぶらしっこに近い語源は、
東北やそれ以外の地域にもあるんだ。
じゃあ、あぶらんけは?
……ない。
あれ?
覚え違いかな?
ん?
これって!)
アビラウンケンソワカとは…
この世に存在している全てを照らし、
思いやりと慈悲を向ける仏の心を持つと、
何事も成就する力を得られるという意味。
病気や怪我を治し、災害を除く呪い。
(あびらうんけん…
あびらんけ…
あぶらんけ…
でも、あぶらんけについて、
どこにも記述はない。
諸説すら載ってない…。
ただの偶然…。
まあいいか。
私の中でだけ、
そういうことにしておこう。
さて…秋だし、
芋煮でも買って帰ろっと)