持病の癪が…
ソワソワしている係長。
(鈴木くん…今日もかな?
すっかり恒例行事だね。
まあ普通の会社なら、
罰則ものだけど…。
彼は…まあまあ…。
私も…
もう10年も係長やってるけど…
彼のような人材は初めてだな…。
類を見ないタイプだね…。
あっ、来た来た!)
ひとりの男性が息を切らし入ってくる。
「すいませ~ん。
おはようございま~す。
あっ、どうも~。
おはようございま~す。
遅れました~すいませ~ん」
(鈴木くん…礼儀正しいんだよなぁ。
根はいい子なんだよ~とっても)
「係長。
遅刻して、すいませんでした」
「鈴木くん…
今日は…どうしたんだい?
遅刻の理由はなんだい?」
「はい。
実は……
朝はいつも通り、
7時半に家を出まして、
駅までの道のりを歩いてたんです」
(ふんふん、それで?!)
「ちょうど年末だからなのか、
道路工事をしてるところが多くて、
何ヶ所か通行止めに合いまして…」
(え~~
そんな理由~~
ちょっと…
つまんないよ~鈴木く~ん)
「でもルート案内ナビ見てたので、
上手く回避しながら、
駅の近くまではスムーズに、
若干早いくらいで着いたんです」
(おっ!さすが、鈴木くん!
そうでなくちゃ!
いつもだけど…
状況判断、素晴らしいよ~。
それでそれで…)
「そしたらですね…
ちょうど駅前スタバのある通りで、
下水管の工事をしてたんです」
(はいはい…あそこね)
「通勤時間で人通りが多いのに、
工事用のポールが歩道を制限しちゃって、
道がつっかえてたんです」
(まさか…鈴木くん…
その交通渋滞で遅れたの?)
「そしたら…
後ろから歩きスマホの男性が、
凄い勢いで横を通り過ぎて…
僕が危ないと思った時は、
ポールをなぎ倒して、
マンホールにストーーン!っと、
キレ~イに落ちちゃったんですよ!
ほんとストーーン!って感じで!」
(ええ~~!!
マンホールに落ちる人なんて、
漫画かアニメでしか見たことないよ!
鈴木くん、それって…
バナナの皮で転ぶ人か…
スキー場で…
雪だるま状態で転がってくる人を
目撃するほどのレアケースだよ!!)
「だから僕もビックリして!
慌ててマンホールに駆け寄って!」
(おっおっ!
そうなるよね?!
ふんふん、それでそれで!!)
「そしたら…
暗い穴の中から……
もうダメだ~って、
声がしてきて…。
そんなこと言わないで~!
いま、ロープ下ろしますから~!
って、励ましたんです」
(鈴木くん…
ロープ…常備してるの?
携帯してるってこと?)
「そしたら今度は、
おにぎり下さ~い…って、
声が返ってきて」
(おにぎり?!
このタイミングで?……はっ!
まさか!
おむすびコロリン?!)
「僕もちょうど、
おにぎり持ってたので…」
(それも持ってるの!?
ねえ?!
鈴木くんは、ドラ◯もんなの?!)
「これどうぞって、穴に落としたんです…
そしたら…ありがと~う…って。
しばらくして…
落ちた人が自力で上がってきて、
お礼がしたいと言うんです」
(自力で戻ってきた?!
スゴイ人だね~。
落ちたのに無傷?!)
「そして僕に…
大きいのと小さいの、
どっちがいいですかって聞かれたので、
大きい方をお願いしました」
(鈴木くん!
セオリーならそこは小さい方だよ!
欲張ちゃって大丈夫?!)
「そしたらお礼にって、
スタバで…
ストロベリーメリークリームフラペチーノ
トールサイズ奢ってもらいました」
(良かったね~。
大きい方って大抵は、
オバケか妖怪のたぐいなんだけどね~。
何事もなくて…
…って、おにぎりは何だったの?)
「どうやらその人、
マンホールに落ちた時、
朝食用のおにぎりなくしちゃって、
ショックと空腹で、
動けなかったそうなんです。
僕のおにぎりで元気になって、
上がってこれたみたいで良かったです」
(おにぎりの説明してくれた~。
鈴木くん、優しい~。
そしてその人、
おにぎりショックで動けないって…)
「スタバでその人と別れた時には、
乗るはずの電車は行ってしまってて…」
(あ~それで~)
「でも、次のに乗れれば、
ギリギリ間に合うと思い直して、
僕は駅のホーム目指して、
全速力で走ったんです!」
(その展開、大丈夫!?
危なくない!?
トラブルの臭いがプンプンするよ!!)
「そしたら駅の階段で…」
(ほら!!)
「橋本◯奈さんが倒れてたんです」
(おっと!!
これまた急展開!!)
「みんな足早に通り過ぎるだけで、
誰も彼女に声を掛けないんです。
だから僕は橋本さんに駆け寄って、
大丈夫ですか?
って、声を掛けてみたんです」
(たとえ芸能人であっても、
ちゃんとさん付けするんだ~。
好感度アップだよ~鈴木くん)
「そしたら橋本さん。
持病の癪が…って言うんです」
(久々に聞いたね~持病の癪。
普通に胸痛か腹痛って、
言えばいいのにねえ~。
年末時代劇の撮影中だったのかな~)
「僕、聞き取れなくて、
もう1回お願いしますって、
聞き返したんです。
そしたら…
鼻をほじりながら、
じゅびょうぉ~のひゃく~って、
銀魂の神楽のあのシーンのまんまで、
答えてくれたんです」
(鈴木くん…それ本人?!
女優さんが駅の階段で、
鼻をほじりながら受け答えする絵が、
僕には想像できなんだけど!)
「この人、具合が悪いだって、
分かったので…」
(よく分かったね~。
僕には…
ふざけてるとしか思えないけど…)
「僕は橋本さんを駅の医務室まで、
連れて行ったんです。
僕の肩に掴まってもらって…
そしたら…
ちょっといい匂いがして…」
(おっと、なになに~。
肩組んだの~橋本◯奈さんと~。
そりゃあ、いい匂いするでしょ~!?
女優さんだし~密着状態だし~)
「お酒のいい匂いがしました」
(酒臭かったんかい!
それ、飲み過ぎでしょ?!
持病の癪ってそのせいじゃないの?!
その方、お酒好きらしいもね~
ビール…飲み過ぎちゃったのかな~)
「無事に橋本さんを預けたんですけど、
また電車に乗り損ねてしまいまして…。
遅刻してしまいました。
理由はどうあれ、
係長、本当にすいませんでした」
(鈴木くん…
毎回毎回…。
君のその…言い訳を聞くのが…
僕はとっても楽しみなんだ!
毎回、何なの!
その意味不明な言い訳!
映画でもありえないような、
バカバカしい展開!
僕はいつも思うんだよ…
ちゃんと怒らないと…って。
でも君の言い訳は、
そんなことも忘れさせてしまうほど、
スケールが壮大でユニークすぎるんだ!
素晴らしすぎる!!
今日も楽しませてもらったよ!
ありがとう!!
今後もさらに磨きをかけて、
僕を楽しませてくれたまえ!!)
「んん。
まあ、そういうことなら仕方がないね。
ひとつだけ言わせてもらうなら、
どんな状況であっても電話一本入れてね。
遅刻理由書には…、
電車に乗り遅れたでいいから、
あとで僕の方に提出するように」
「はい、分かりました。
本当にすいませんでした」
そこに…
受付の女性が入ってくる。
「あのう、鈴木さん!」
「はい」
「面会の方が来られてます…
こちらです、どうぞ」
受付の女性の後ろから人影が。
「先程はありがとうございました。
おかげで、
持病の癪も治りました」
(ええ~~!!
まさかのご本人登場!!
マジか~~!!)