笑顔で迎え 感謝で送る
前回はこちら。
長男が恋人を連れてきた。
それがまさか!
自分が密かに推してるアイドルとは…。
彼女がアイドルと気付いてない息子と、
推しの顔がまともに見れない推し活、父。
その結末やいかに…。
リビング。
「噂通り、優しそうなお父さんね」
「そう?
でもたまに怒ったりするよ」
(このお方が…
私を認識してくれている…
そんな…こんな私のことなど…。
私は遠くからでいいんです。
画面越しにあなたの活躍を見られれば、
それだけで満足なのです…
なのに…
息子!!
そのお方に余計な情報を、
入れるんじゃない!!)
「お父さんは、
どんなお仕事をされてるんですか?」
(話しかけてきたぁ~!
神が私にお声がけを…。
どうする?おい!
どうするよ~。
あーもーあーもー、
あーもーダメだ。
なんも思い浮かばん)
「どうしたの父さん。
いつもはよく喋るのに。
何?もしかして緊張してる?」
(誰のせいだ!
お前がこのお方を、
連れてきたからでしょうが!
父さんは在宅派!
知ってる?在宅派?!
家にこもって曲を聴いたり、
オフィシャル通販からグッズ買ったり、
ライブ映像を部屋暗くして、
臨場感を出して鑑賞してるファンのこと。
父さん本人に会うのは、
1回だけと決めていたんだ。
そう…いつか…
このお方の卒業コンサートだけは…
何が何でも、
この不甲斐ない状態を克服し、
コンサート会場へは…駆け付けようと…
それなのに…
心の準備ってものがあるでしょうが!
こんな緊急オペ的状況!
絶対に無理でしょうが!
あ~いますぐ、
麻酔で眠らせてくれ~)
「父さん。もう緊張しすぎでしょ。
芽衣ちゃん、ごめんね」
(息子。
お前が謝るな!
お前はまず私に謝れ!!)
「父さんは、
食品工場の開発の仕事をしてるんだ。
ほら、この前一緒に食べたお菓子」
「あれって、お父さんが作ったの?
とっても美味しかったです。
どこか懐かしくて、
温かさを感じる優しい味で、
私、大好きになりました」
(ああ~
もう私は今日が寿命でもいい~。
あ~いい人生だった~。
今の言葉を脳内リピートしたまま、
天に召されたい~)
「芽衣ちゃんは息子と同級生なの?」
「私はひとつ下の学年です」
(え?!ママも知らない?
このお方のこと?
おいおい、みんな頼むよ~)
「芸能活動もされてるのよね?
よくテレビでお見かけするから」
(ママ知ってた♪
何だろう…この胸に広がる幸せな感じ!
ママ知っててありがとう~!
すごく嬉しいよ~♪)
「はい。実は私…学生しながら、
芸能関係の仕事をしています」
「え?そうだったの?
ごめん、知らなかったよ」
(息子よ…お前は本当に、
父さんとママの子供なのか?
このお方を選んだセンスは、
いいだろう。
でも昔から…
人をよく観なさい。
人をよく知りなさい…と、
父さんお前には言ってきたはずだ。
大好きになったなら、
その人のことをよく知り、
共に幸せになる方法を、
考えられるパートナーで、
あり続けなさいと。
お前はこの方を守る義務がある。
お前が守らず誰がこのお方を守るんだ!
なあ、息子よ)
「あっ、そろそろ、
夕食の準備しないと。
如月さんはお客さんだから、
ゆっくりしてて。
今度また遊びに来たら、
お料理手伝ってもらうから」
「はい、是非お願いします」
(何て幸せな空間だろう~。
もし次にこういう機会があって…
ママとこのお方が、
一緒に料理する姿なんて…
私はそれを見ていられるだろうか…
きっと無理だろうなあ~)
「あ、ごめん。
ちょっとおトイレ借りていい?」
「トイレ?
トレイはそこの廊下の右に…」
ドンッ!
私は机を叩き立ち上がる。
(ト、ト、ト、トイレェ~!!
アイドルが…
うちのトイレーー!!
息子!!
なぜトイレ教える?!
アイドルは…
アイドルに…トイレなど…ありえん!
もうダメだ…
息子…お前には…
任せられん!!)
私は…
ありったけの力を振り絞り…
震える右手を…
彼女の前に…そっと差し出した。
(この意味…
おわかりですよね?)
すると彼女は驚きながらも立ち上がり…
私の右手を両手でそっと包んでくれた。
「…い…いつも…応援…してま…す…」
(私の笑顔は引きつっていただろう…
……
でもこれでいい…
……
これでいいんだ…)
バッタン!
「お父さ~ん!」
「父さ~ん!」
「パパ~!」
(息子よ…
今日はありがとう…
そして…
後は任せた…)
お疲れ様でした。