![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/85176278/rectangle_large_type_2_a3f681e94dd618913bb8493e311fb6ea.png?width=1200)
【短編小説】 キックスタートのバイク
男がバイクを走らせている。ここではライダーと呼ぼう。ライダーのバイクはヤマハSR400。先ごろ絶版になった。もう製造されていない車種である。ライダーは製造40周年記念のサンバーストカラーモデルに乗っている。
SR400は最近まで製造されていたが、かたくなまでにオールドスタイルを守っている。エンジンは空冷の単気筒。そのエンジンはキックペダルを踏んでスタートする。
単気筒のトコトコとした牧歌的なサウンドを響かせてライダーは走る。峠道に入った。左下は川で清流の音がヘルメットごしに聞こえてくる。流れは急である。最初のカーブをクリアする。ライダーは無理な運転をするタイプではないようだ。景色にオールドバイクが違和感なく溶け込んでいる。
峠を越えると黄金色の田園地帯が広がった。ゆるやかな風に稲穂が揺れている。収穫を行っている田んぼもある。コンバインで稲を刈っている田もある。操作している人物は若くて、東南アジア系の顔立ちをしていた。
田園風景が続く。大きな道の駅が見えてくる。ライダーは道の駅に入った。ここが休憩場所にしようとあらかじめ決めていた場所である。ライダーはSR400を駐車場に止める。ここはツーリングをするバイク乗りたちがよく立ち寄る場所である。しかし、今日は自身のバイクを含めて3台しか停車していない。
ライダーは食堂に入るとラーメンを注文した。
「お客さん、バイクの方だね?」
ライダーのいでたちから判断したのだろう。店員の中年男が尋ねてくる。
「そうです。今日はこの町のSキャンプ場に一泊します」
店員の顔に少し影が走った。ライダーはそれを見逃さなかった。
「なにかあるんですかキャンプ場?」
「いや、キャンプ場というより・・・」
「・・・・・いうより?」
少々つらそうな表情で店員が答える。ラーメンを作る手はとめない。
「最近、この町でバイク乗りが襲われているみたいなんだよ。そういう話を二三聞いている。悪いことは言わない。隣りのN市まで行ってホテルに泊まるほうがいいよ」
「そうなんですか。でももうキャンプ場予約しちゃったし・・・・・、それに俺キャンプには慣れているし、大丈夫じゃないかな」
そんなやりとりをしているあいだにラーメンはできた。ラーメンをカウンターに置きながら店員は言った。苦笑いしながら。
「いちおう忠告はしたよ」
食事を終えて駐車場に行くと男が2人、SR400のそばに立って見まわしていた。近づいてくるライダーに男たちは気づいた。東南アジア系の顔立ちをしている。来る途中の田んぼにいた者たちかとライダーは思った。
「このバイクの方ですか、SR400?」
笑顔を作って、男の一人が流暢な日本語で尋ねてきた。
「そう。よくこのバイクの名前を知っていますね」
ライダーはキックスタートするバイクだと説明して。実際にエンジンをかけて見せると男たちは喜んだ。
「私たちは農業実習生です。バイク欲しいけど、私たちの給料じゃとても買えません」
ライダーと実習生たちは打ち解けてきて内輪の話もしてきた。食事は受け入れ先の農家で出してもらえるけれど、給金はお小遣いといったほうがいいほどの額しかもらっていなかった。日本の夏は農業にはきついともこぼしていた。ライダーは農家と実習生の間に大きな認識の違いがあると思った。
農家にとっては人手不足を補う存在で需要は高い。彼らを受け入れている農家は食事と住む場を提供しているから、それでいいと思っている節がある。産業経営のような感覚はなさそうである。実習生たちの話を聞いて、自分の学生時代のあることを思い出した。
ソーシャルワーカーの資格を取るための実習で入った福祉施設でのことである。ソーシャルワーカーは地域資源と当事者をつなげる職務で、相談にのることがはじめに必要である。実際には実習期間中介護労働力としてこき使われて、ソーシャルワークのソの字も教わらなかった。
労働環境が厳しい職種ではまず働き手として使われる現実がある。実習と名がついても、教員実習などと比べると天と地ほどの差がある。この段階ですでに格差が生じている。ライダーはわれに帰った。そろそろ食材を仕入れてキャンプ場に向かわねば。実習生たちに別れを告げて先を急いだ。
手慣れた様子でテントを張り、焚火を起こして一人食事をとると早々に眠りに就こうとした。ランタンの灯りがないと真っ暗な場所である。テントに横たわっているとかすかに人の話し声が聞こえてきた。ライダーは不審に思い、テントから出るとランタンで周りを照らした。
あの実習生たちがバイクのそばにいる。手には鎖をきるよう大きな鋏み状のような工具を手にしている。
「警察を呼ぶぞ!」と叫んだ。工具を持った実習生がなぐりかかってくる。ライダーは荷物を詰めたリュックサックを振り回した。それが相手にヒットして、工具を落とした。襲ってきた男たちは暗闇に消えた。
ライダーは工具を拾うとすぐにSR400を木とつないでおいた鎖を断ち切った。キックスタートでエンジンをかける。またがるとすぐにバイクを走らせてキャンプ場を後にした。