「ラテン語文法とは異なる道を歩むようになっていった英語文法」
今回は、英語文法がラテン文法の影響を受けた背景と、その後の離脱の過程について考えていきます。以下の各項目においては、この現象を歴史的・社会的背景、学術的動向、具体的な文法の変遷という観点から考察していきます。
1. 英文法とラテン文法の結びつきの背景
英語文法がラテン文法の枠組みを採用するようになったのは、主に以下の要因によります。
(1) ラテン語の権威性
中世からルネサンス期にかけて、ラテン語はヨーロッパの学術、宗教、法律、そして文学の言語として絶対的な地位を占めていました。ラテン語文法は学問的洗練の頂点と見なされ、他の言語を体系化する際のモデルとなりました。
教育の役割
学校教育では、ラテン語文法を習得することが中心であり、文法という概念自体が「ラテン語文法」を指していました。そのため、初期の英文法研究者たちは、英語を説明するためにラテン文法を手本とするのが当然だと考えました。宗教改革と印刷術
宗教改革以降、英語の聖書(特に『欽定訳聖書』)が普及したことにより、英語の標準化が必要とされました。このときも、ラテン語の文法体系がモデルとして参照されました。
2. 初期の英文法書におけるラテン文法の影響
(1) 用語と分析手法の採用
初期の英文法書では、ラテン文法の枠組みや分析手法がそのまま英語に適用されました。
文法用語の導入
ラテン文法から借用された用語(例: 名詞、動詞、形容詞、副詞)は現在でも使われています。これらは、英語の文法現象を説明するために不可欠なものですが、ラテン語に特有の概念も含まれており、英語には必ずしも適合しない場合がありました。屈折形態の誤解
ラテン語では、名詞や動詞が屈折(形が変わることで文法的な関係を示す)を持ちますが、英語では屈折が極めて限られています。この違いが見過ごされ、ラテン語的な規則が英語に押し付けられることがありました。
(2) 不自然な規則の提案
ラテン語文法の適用が英語の文法規則を歪める結果を招いた例があります。
不定詞の分割禁止
ラテン語では不定詞(例: amare = 「愛する」)は単一の単語であり分割できません。しかし、英語では不定詞(例: to love)は「to + 動詞原形」の組み合わせであり、分割可能です。それにもかかわらず、ラテン語に基づいた「不定詞を分割してはいけない」という規則が生まれました。この規則は特に19世紀の文法書で強調され、後に批判されるようになります。前置詞で文を終わらせない
ラテン語では前置詞(例: ad = 「~に」)は文末に置くことができませんが、英語では文末に前置詞を置くのが自然な場合があります(例: What are you looking at?)。それにもかかわらず、文末に前置詞を置かないことが「理想的な英語」とされました。
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