"怖いもの見たさ"という名の欲望【#ホラー小説が好き】
伝説の本がある。
私にとっては、学生時代から大好きな作家が満を持して刊行した単行本。
かつて喜び勇んで手に入れたのを、昨日のことのように思い出せる。
いざ読むと淡々とした語り口なのに、じわじわ這い上がってくるような薄気味悪さを感じる。その著者が、以前刊行したホラー作品とはまた別の恐怖なのだ。
怖いのにやめられない。
私は、この本の面白さを広めたいと思った。
(とはいえ、怖がりさんにはオススメしませんよ、もちろん。)
思った通り、その本は周囲で「怖い怖い」と話題を呼ぶこととなる。私の元には「読みたい」と、次々に貸し出し希望者が現れた。
だが、借りては行くものの、
本を置いておくだけで異様な雰囲気がして、表紙もめくれない人。
読んでいる途中で眠りについて、夜中に何かが現れて、それ以降は読めなくなったという人。
などなど、とにかく最後まで読めない人が続出した。
それでも噂を聞いて、読んでみたいと言う人が現れる。
さらには、「実家のお母さんが読みたいと言っている」だとか、「近所の奥さんが興味を持っているらしい」という人まで登場した。
本は人から人へと渡り、私の元へは一向に戻ってこない。こんなこと後にも先にも、これっきりだ。
とうとう文庫本刊行まで戻らず、仕方なく私は文庫版を購入した。
手元に置いておくだけで、なんか呪われそうな気がしていたのに、文庫版まで買ってしまうなんてどうかしている。
伝説の本の名を、小野不由美・著『残穢』といった。
物語は怪談話を収集する作家の"私"の元に、1通の手紙が届いたところからはじまる。
越したばかりのマンションの部屋に、何かがいる気がする、と。
調べていくと、そのマンションでは他にも異変が起きている。
畳の部屋で擦るような音がする。
いもしない赤ん坊の泣き声がする。
ひとつひとつは些末な事象だが、その怪異を追いかけるうち、端緒となった事件がつまびらかになっていく。
そのさまが、おぞましくも興味をそそる。
絶対安全な筈の家の中に、何かがいる。
その何かは、怪異を調べて行く内に、離れて暮らしている"私"の元にも、ひたひたと忍び寄ってきてーというお話。
突如、何かが飛び出してくるような、派手な怖さを期待すると肩透かしを食らうだろう。
丹念に土地の歴史を遡っていく過程を、退屈に感じる読者もいるかも知れない。
だが、どんどん時代を遡り調査していく内に、バラバラだったピースが繋がっていく謎解きの過程は、歴史ミステリーの側面もあり面白い。
恐怖を煽るだけでは終わらない作品なのだ。
あぁ、怖いとわかっていて、なぜ人は深淵を覗いてみたくなるのか。
恐怖に耐えられるか、試してみたいのか。
はたまた、その恐怖の正体を確かめてみたいという好奇心か。
あるいは、その恐怖が現実のものでなくてよかったと、安心感を得たいためだろうか。
「怖い話を読みたい!」という猛者は、ぜひ手に取っていただきたい。
ただし、「読み終えてもやっぱり怖かった」と言った方が多かったことは、お伝えしておく。
ちなみに、実写版の映画も見てみた。
コンパクトにまとめられているが、わりと原作に忠実で、良作であった。