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P&Gで学んだ「提案がスラスラ通る」社内コミュニケーション術
「社内の人すら説得できないマーケターが、社外のお客さまを説得できるわけないじゃん」。
私がP&Gにいたころ、上司から言われた言葉です。
新卒1年目だった私は、いろんな先輩とケンカしていました。だけどその言葉を言われたとき「たしかにそうだな」と思って。
それ以来「自分の言いたいことが、どうすれば相手に伝わるか」の工夫を重ねました。その結果、4年目にはブランドマネージャーとして、ひとつのブランドの管理を、まるまる任せてもらえるようにまでなったのです。
今回は、私がP&Gで学んだ「社内で自分の考えを伝えるため、必要なこと」についてお話しします。
「提案がなかなか通らない」「部下に対して、指示の意図が伝わらないことがある」といった方々に、すこしでも役立つポイントがあるとうれしいです。
「他部署の先輩は、もうバカばっかりです」
P&Gに入社した当初の私は、自分で言うのもなんですが、すごくとがっていました。
「オレはだれよりも優秀で、だれよりも早く昇進してやるんだ」と思っていたのです。
それぐらい血気盛んだったので、1年目から他部署の先輩とケンカしまくっていました。いま冷静に振り返ると、ものすごく失礼なかん違い野郎です。
ある日、会議でいつものようにケンカして、怒りながら席にもどりました。すると私のいちばん尊敬する上司が、近くの席で作業をしていて。
興奮していた勢いで、その上司に「他部署の先輩は、もうバカばっかりです。どうしようもないですね。またケンカしちゃいました」と、グチをこぼしたんです。
すると、その上司が「まあまあ。気持ちはわかるけどさ」と、諭すような口調で話しはじめて。
そこで教えてくれたのは「仕事で怒っていいのは、怒ることがビジネスの結果に対して、ポジティブなインパクトがあると確信できたときだけだ」という言葉でした。
怒りたいときに怒るのは、ただの素人だ
上司からは、つづけてこんなことを言われました。
「仕事上のコミュニケーションで、その先の計算がないまま怒っている人をみると、オレは『あいつ、頭が悪いんだな』と感じる」。
そして、最後の一言は、いまでも印象に残っています。
「怒りたいときに怒るのは、ただの素人だ。プロなら、怒るべきときに怒れ」。
当時、とがっていた私は「頭が悪い」「素人だ」と言われて、ものすごく悔しくなりました。
それ以来、イラっとすることがあっても「これはプロとして、怒るべきかどうか?」と自問自答するようにしています。
その結果、当時から20年以上も経ちますが、仕事中に怒ったのは2回しかありません。やっぱり、怒ることで話がポジティブな方向に進むことなんて、まったくと言っていいほどないんですよね。
「怒ること」は、目的を達成するための手段
グチがきっかけとなって学んだ、社内コミュニケーションで大切なこと。
それは「コミュニケーションの目的を、つねに意識する」です。
そのコミュニケーションを通して、相手にどういう気持ちになってほしいのか。どんな行動をしてもらいたいのか。
そういった目的を達成するために、話の構成や言葉遣い、表情などを工夫する。「怒る」という感情も、手段のひとつに過ぎないのです。
ちなみにこの20年で怒った2回は、どちらも部下に対して。お客さまへのプレゼンに失敗した部下が、まったく反省していなかったんです。
「このままだと、今後この子が苦労するなあ」と思った私は「怒りモード」のスイッチを入れました。かなり強めの口調で「さっきのプレゼン、ぜんぜんダメだったじゃん」と怒ったのです。
怒りたいから、怒ったのではありません。「部下に改善への意識を向けてほしい」という目的を達成するために「怒り」という感情を使ったのです。
コミュニケーションの「目的」を、つねに意識する
P&Gでは、ビジネスのあらゆる場面で、つねに「目的」を明確にすることが求められます。
たとえばミーティング中であれば「今回のミーティングオブジェクティブは何?」という言葉が、よく飛びかっていました。オブジェクティブとは、日本語で「目的」という意味。
上司からは「社内のちょっとした会話のときでも、コミュニケーションオブジェクティブを設定しなさい」と教わりました。
ちなみに、私が結婚したパートナーもP&Gの出身です。
新婚旅行の計画を立てているとき、ふたりで「今回の新婚旅行のオブジェクティブって、なんだっけ?」という会話をしていました。ふつうの夫婦は、わざわざそんなこと言語化しないですよね。
お互い、目的をつねに意識するクセが染みこみすぎていたのかもしれません。
「自分の言いたいこと」を「相手が聞きたいこと」に変換する
自分の考えを伝えるため、コミュニケーションオブジェクティブを設定したあとに、するべきことは何か。
それは「自分の言いたいことを、相手が聞きたいことに変換する」です。
この行為を、P&Gでは「オーディエンスアナリシス」と呼んでいました。
相手の状況を分析して、いま相手が求めている情報を想像する。自分の言いたいことをそのまま言っても、相手には伝わりません。
……とは言うものの、上司から「オーディエンスアナリシスをやるんだよ」と言われた当初は、ピンときていませんでした。
日本支社長が実行した「オーディエンスアナリシス」
どうにかオーディエンスアナリシスを理解しようと、先輩たちを観察していたときのこと。
日本支社の社長を見ていると「あ、相手の聞きたいことに変換するって、そういうことか」と、イメージをつかめるできごとがありました。
その話をするため、まずはアメリカ本社も含めたP&Gの組織図について、少しだけ説明させてください。
各国の支社長は「カントリーヘッド」と呼ばれます。日本やアメリカ、韓国といった国それぞれに、カントリーヘッドがいるイメージです。
それとはべつの役職として、商材ごとの責任者である「カテゴリーヘッド」というポジションがあります。たとえば洗剤のカテゴリーヘッドは、国に関係なく、その洗剤の世界中の売上を管理するんです。
そのため、カテゴリーヘッドは自分の持っている予算を、どの国にどれぐらい分配するかを決める権限があります。
日本の市場って、基本的にカテゴリーヘッドからは軽視されやすいんです。P&Gの世界全体の売上のうち、日本の売上はとても小さいので。
P&G全体の年間売上が10兆円ぐらいあるのですが、日本市場の売上は、2,000〜3,000億円。どれだけ高い時期でも、約3%しかありません。
そんな状況でも日本のカントリーヘッドは、どうにかしてカテゴリーヘッドから注目される必要があります。日本のカントリーヘッドとして、日本支社の売上を伸ばす責任があるからです。
「日本のマーケットは、イノベーションを起こすのにぴったりだ」
カテゴリーヘッドに日本市場へ注力してもらうため、日本のカントリーヘッドはどうしたのか。
「売上規模」以外で、カテゴリーヘッドが日本に注力するメリットを伝えたのです。
「日本の消費者は、世界でいちばん厳しいんだ。高品質のものが、低価格で売られているのが、当たり前の感覚だから。日本で売れる商品をつくることができれば、世界のどの国で売っても通用する商品になる。日本のマーケットは、イノベーションを起こすのにぴったりなマーケットなんだ」と伝えました。
それを聞いたカテゴリーヘッドは「たしかにそうだ」と納得して。
その結果、日本支社への注力度が上がり、多くの予算をつけてもらえるようになりました。
カントリーヘッドが「もっと日本支社に注力してくれ!」と、自分の言いたいことをそのまま言っても、要望は通らなかったでしょう。
カテゴリーヘッドが聞きたい「担当する商材の売上を伸ばす方法」へ、話を変換したからこそ「日本市場に注力してもらう」という目的を、達成することができました。
そしてカテゴリーヘッドも「商品力を磨く方法を知る」というメリットを、得ることができたのです。
社内コミュニケーションに本気でこだわれるか?
コミュニケーションの目的をつねに意識する「コミュニケーションオブジェクティブ」。
自分の言いたいことを、相手が聞きたいことに変換する「オーディエンスアナリシス」。
社内コミュニケーションの極意として、これらを学ぶなかで私が感じたことがあります。
それは、社内コミュニケーションに本気でこだわれるかどうかが、その人の「リーダーシップの有無」の分かれ目だなということ。
たとえば、ある部署のリーダーが、チーム内で話しあって、新しい事業のアイデアを思いついたとします。計算すると、その施策をやるためには1億円の予算が必要だとなる。
そうすると、チームリーダーは役員陣にプレゼンして、1億の予算を勝ちとってこなければいけません。チームのみんなからは「頼みます!」と期待されている状況です。
しかしプレゼンした結果、予算をもらえなかった。そのときに「役員たちは頭がかたいよ」なんてグチをはくのは、リーダーとして失格だと思います。
もし頭がかたいと思うなら、その頭がかたい役員にも伝わるよう、とことん伝え方をこだわりぬくべきなのです。
他人同士が「完全に分かりあっている」ことなどない
社内の人とコミュニケーションをとるとき「こっちの言いたいことを、くみ取ってほしい」という期待を、持ってはいけません。
社外のお客さまより、普段からたくさんのコミュニケーションをとっている。その分「ぜんぶ言わなくても、察してほしい」という願望を抱く人も、いるかもしれません。
とくに日本だと、お互いに察しあいながら物事を進める「阿吽の呼吸」が、いいチームワークとして語られることもあります。
だけど同じ会社の人であっても、ちがう人間である以上、完全に分かりあっているなんてことはありえません。
P&Gでは、いろんな国籍の人たちが働いていました。育ってきた地域や文化、価値観がぜんぜんちがう。そんな状況で合意形成をはかるのって、すごく難しいんです。
「自分と相手は、分かりあっていない」という前提だったからこそ、当たりまえのように「コミュニケーションオブジェクティブ」や「オーディエンスアナリシス」といった、伝える技術を磨きつづけてきました。
1,000人の聴衆より、200人の社員の前のほうが、何倍も緊張する
P&G時代、上司から口酸っぱく言われていたこと。
それは「どれだけ中身が本質的でも、受け手がそれをどう認識したかがすべて。伝わった内容だけが『真実』なんだよ」という言葉。
中身が本質的なのであれば、それをちゃんと伝えるため「伝え方」にも、本気で向きあうべきです。
社内コミュニケーションというと「同僚を出しぬく」「上司にゴマをする」といった、ネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、それらは社内コミュニケーションの本質ではないと思うのです。
私はいま、7年お世話になったP&Gから独立して、予防医療の問題をマーケティングの力で解決する、キャンサースキャンという会社の社長をしています。
社内には、出しぬく同僚も、ゴマをする上司もいません。だけど私は、社内コミュニケーションを大切にしつづけています。むしろ、組織全体のリーダーになったことで、これまで以上に大切にしているんです。
たとえばありがたいことに、予防医療に関する学会からお声がけいただき、スピーカーとして登壇させていただくことがあります。多いときだと、1,000人以上の聴衆の方々の前で、お話しさせていただくこともあって。
だけど1,000人の聴衆の前で講演するときより、じつは社員200人の前で話すときのほうが、何倍も緊張します。
社内コミュニケーションの本質とは?
なぜ1,000人の聴衆より、200人の社員の前で話すほうが、緊張するのか?
それは組織のリーダーとして「つかう言葉をひとつ間違えただけで、チームに大きな悪影響を与えてしまうのではないか」という怖さがあるからです。
学会で仮にちょっとぐらいニュアンスがズレて伝わってしまっても、うちの組織やサービスに直接的な影響が出ることは、ほとんどありません。
だけど社員に対して、私の思いや考えが的確に伝わらなければ「この方針は納得できない」「あの社長には、もう付いていけないな」といった不信感に、つながってしまうかもしれない。
だから四半期に1回ある全社会議のときは、1ヶ月以上も前から役員陣と集まって「全社会議では、どんなことを話そうか」と準備を重ねています。
つくったスライドを見ながら、役員陣から「ここの文言は、こういう解釈もできてしまいます。代わりに、こういう表現はどうですか?」といった提案をもらったりして。
そうやって伝え方までこだわりぬくことで、会社のみんなにやりがいをもって働いてもらったり、私たちのミッションである「人と社会を健康に」の実現スピードを、加速させたりしたいなと思っています。
「怒りモード」のスイッチを入れるのも、自分の言いたいことを相手が聞きたいことに変換して予算を勝ちとるのも、すべては部下やチームメンバーのため。
社内コミュニケーションにこだわることは、リーダーシップの発揮そのものだと、私は思うのです。