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インスリン抵抗性と認知機能

糖尿病とインスリン抵抗性

糖尿病には1型と2型がありますが、特に2型糖尿病は生活習慣や肥満などが主な原因とされ、世界中で患者数が増加しています。

糖尿病では、体がインスリンというホルモンに十分に反応しなくなる「インスリン抵抗性」が起こり、血糖値が慢性的に高くなる状態が続きます。

インスリンは血糖値を調節するだけでなく、脳のエネルギー供給や神経細胞の保護、記憶形成にも関わっているため認知機能などへの影響が注目されています。


インスリン抵抗性と認知機能の低下の関係

インスリン抵抗性は、2型糖尿病だけでなく、認知機能低下やアルツハイマー病(AD)のリスクとも密接に関連しています。

1. 脳におけるインスリンの役割
インスリンは、単に血糖値を調節するだけでなく、脳内で以下の重要な役割を果たします。

・神経細胞の成長や修復をサポート
・記憶形成に必要なシナプス活動を調節
・アミロイドβ(ADの原因物質)の排出を助ける

インスリン抵抗性が進むと、これらの機能が低下し、記憶や思考能力に影響を与える可能性があります。

認知症が脳の糖尿病と呼ばれることもあり、血糖値の維持だけが働きではないことがわかります。

2. メカニズム
インスリン抵抗性によりアミロイドβの排出が低下し、脳に蓄積します。これらがアルツハイマー病の進行を加速すると考えられています。
また慢性的な高血糖やインスリン抵抗性は、全身の炎症を引き起こし、脳内でも神経細胞を損傷します。
さらにインスリン抵抗性は動脈硬化や血流障害を招き、脳の血流不足による血管性認知症のリスクを高めます。

ある研究では、2型糖尿病患者は認知機能低下の進行速度が健康な人の約2倍になることが示されています。また、糖尿病患者の約60%が軽度認知障害(MCI)または認知症のリスクを抱えることが報告されています。


認知機能を守るための食事内容


食事は、インスリン抵抗性の改善と脳の健康において非常に重要な役割を果たします。

1. 地中海式食事法
地中海式食事法は、認知機能を保護する効果が数多くの研究で示されています。

特に野菜や果物は抗酸化物質が豊富で、炎症を抑える作用があります。
魚介類はDHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸が豊富で、神経保護作用を持ちます。
オリーブオイルは脳の炎症を軽減する働きがあります。

ある研究では地中海式食事を継続したグループは、認知機能低下のリスクが平均33%低いという報告があります。

2. 限制すべき食品
加工食品や精製糖、添加物などは炎症を促進し、インスリン抵抗性を悪化させます。
飽和脂肪酸は動脈硬化や脳の炎症リスクを高めるため過剰摂取はさけましょう。

ある研究では、低糖質で高脂肪(良質な脂肪を使用)の食事に切り替えた糖尿病患者のインスリン感受性が3カ月で約25%改善し、記憶テストのスコアも向上したことが示されています。


糖尿病と認知症に効果的な運動療法の具体例


1. 有酸素運動
具体的な例としてはウォーキング、ジョギング、サイクリング、水泳、ダンスなどがあります。
これらを週に3~5回、1回30~60分程度行うと効果的です。
これらの運動はインスリン感受性を改善し、血糖値のコントロールに効果があります。
また心肺機能を向上させ、脳への血流を増加し神経伝達物質(ドーパミンやセロトニン)の分泌を促進し、認知機能を強化します。

ある研究では、週150分以上の中等度の有酸素運動を行うと、2型糖尿病患者のHbA1cが0.5~1%改善することが報告されています。

2. 筋力トレーニング
具体的な例はスクワット、腕立て伏せ、ダンベルを用いたエクササイズ、ゴムチューブなどを使った運動です。
これらを週に2~3回行うと効果的です。

これらの運動は筋肉量を増加させ、糖の取り込みを促進(筋肉は血糖を消費する主要な器官)し、骨格筋から分泌されるマイオカインが炎症を抑制し、脳の健康を保つ作用がありあす。

筋力トレーニングを6カ月続けた高齢者で、記憶力や注意力が向上したという研究があります。

3. インターバルトレーニング
ウォーキングとランニングを交互に行ったり、自転車エルゴメーターで負荷を交互に変えるなどして、低負荷、高負荷を交互に行うトレーニングです。

血糖値を急速に低下させる効果があり、長期的にインスリン感受性を向上できる可能性があります。
インターバルトレーニングを12週間行った2型糖尿病患者では、空腹時血糖値と体脂肪率が大幅に低下したという報告があります。

しかし運動習慣がない方が行うにはリスクが伴うため、しっかり指導してもらえる環境で行うことが理想です。

4. 柔軟運動とバランストレーニング
ストレッチやヨガ、ピラティス、太極拳など、体の柔軟性や可動域、動きの質を意識したトレーニングです。

これらも週に2~3回、1回20~30分程度行うと効果的です。

呼吸方法やゆっくりとした動きがストレス軽減や精神的な安定につながります。
高齢者の場合は姿勢の改善や転倒防止、脳の神経回路の活性化にも効果的です。

太極拳は、認知機能スコア(MMSE)の維持および向上に寄与することが確認されているそうです。


運動のポイントは継続です。
いきなり強い負荷をかけたり、無理な目標を立てるのではなく、少しずつ、長く続けらえる運動を選択しましょう。

また日常生活の中で意識することも重要です。
エレベーターの代わりに階段を使う、買い物で多めに歩くなど、日常的に身体を動かす工夫をしましょう。

運動療法は副作用の少ない治療ではありますが、持病がある場合は、運動を始める前に医師や専門家に相談することをお勧めします。


当院では運動療法の専門家である、理学療法士や健康運動指導士が常駐しています。

運動の効果を高めるためには方法や種類など運動に関する知識が必要です。



いかかでしょうか。

糖尿病はとても身近な疾患ではありますが、脳梗塞や心筋梗塞だけではなく、認知機能にも影響が及ぶ可能性があります。

糖尿病は運動や食事などの生活習慣や投薬でコントロールすることが可能です。

合併症が起こってからでは遅いので、できることを確実に行い、健康的な生活を送りましょう。

【参考文献】
松崎 徹他インスリン抵抗性とアルツハイマー病の病態との関連:久山町研究神経学、2010年
羽生春夫「糖尿病と認知症」Brain and Nerve、2014