日本酒ブランド「HINEMOS」が生まれるまで 前編(テイストについて)
いままでは、ビジネスの視点で、日本酒を事業領域として選んだわけを書いてきました。ここからは酒蔵に入ってから、ブランド「HINEMOS」が生まれるまでのプロセスを書いていきます。
多くの方に興味を持っていただけるように、日本酒業界の方には、業界の外からきた我々からどのように業界がみえたのか。
業界を知らない方には、少しでも日本酒を知ってもらえるように業界の構造や製法を。関心がうすくても、ビジネスの新規事業として、コンセプトワークから実行までの生々しさを描くことで、臨場感を持って知っていただければと思っています。
大前提は、カスタマーに「手にとってもらい」、「美味しい」と思っていただくことがゴールです。そして、「美味しい」は、テイスト(味)が決めてになり、「手にとってもらう」には、デザインが決め手になるとみていました。
ですので、前編を「味」、後編を「デザイン」について、書いていきます。
酒蔵を訪れて
2018年7月に日本酒でいくことを決意して、最初にしたことは一般人として酒蔵見学の申込でした。何のツテも知識もないので、本を読んだり、見学して知識を蓄えていこう、と思いました。
最初から製造免許を取得することは難しいので、まずは委託醸造(OEM)からスタートするべく、委託先を探すことがメインの目的でした。
見学した酒蔵は、神奈川県西部の中沢酒造というところで、あれこれお聞きしたものの、知識ゼロの若造が「お酒をつくらせてください!」といっても、キョトンとされるだろうなと思い、その日は説明だけ聞いて帰りました。
思ったことは、誰か仲介人を入れた方がよい、ということでした。帰って、「小田原 委託醸造」と検索すると、足柄上商工会という組織が、過去のOEMの事例を取り上げていました。
「なるほど、商工会という組織が地域にはあるのか」という発見でした。早速、電話をかけてやりたいことをお伝えし、それなら、ということで新しいことにポジティブな蔵はこちら、と紹介をいただきました。その蔵が、現在まで二人三脚でお酒をつくらせていただいている井上酒造でした。
訪問して、ぜひ一緒にやりたい、と思った理由が、井上社長が新しいことに前向きなのはもちろんのこと、杜氏 (とうじ)= 酒造責任者の湯浅さんが、29歳と自分より若かったことです。業界全体が事業を継ぐ人に、こまっていると聞いていたので、杜氏は50-70歳くらいのイメージがありました。「お若いですね」が第一声だったと思います。
経営は蔵元(くらもと)と呼ばれる社長が行うものの、実際の酒造りは、醸造責任をもつ杜氏が行うため、お酒に関して、もっとも意思決定権をもつのは杜氏である、と捉えていました。何か新しいことにチャレンジするなら、従来の伝統や概念に縛られない柔軟な思考が必要です。その部分が、湯浅さんとマッチすると思いました。
多くのお酒を試飲させていただいたあとだったので、ベロベロに酔っ払いながらのプレゼンでしたが、その場でご快諾いただき、パートナー締結をしました。
そして、8月2日に登記して株式会社ライスワインを創業し、湯浅さんと商品開発のディスカッションをスタートしました。お酒造りは、微生物をあつかうので、雑菌が繁殖しやすい夏はお酒造りができません。醸造スタートは10月23日。それまでに何をつくるのか、決める必要がありました。
8月は、増資や借入の手続き、利酒師(ききざけし)やSake Diploma(日本酒ソムリエ)の講座を受けたりして、会社や知識の土台をととのえていました。
この時期は、「そもそも素人が日本酒をつくれるものなのか」、「つくれたとしても、どのように既存の日本酒と差別化を図るのか」、「そもそも業界全体がシュリンクしている中で打てる手はあるのか」、小田原のコワーキングスペースで一人ポツンと、そういった不安でいっぱいでした。海外展開するにしても、国内基盤が脆弱ではどうしようもありません。
何をつくるのか
9月に入り、井上酒造のはからいで、日本名門酒会といった多くの蔵が集まる試飲会などに参加させていただき、つくりたい日本酒の姿を描いていきました。名門酒会は100蔵の数百銘柄がずらっと並んでいて、飲みたい放題でした。
まず、ここで思ったことは、お酒を前にしたとき、何を基準に選べばいいのか分からない、ということでした。同じ瓶のかたちで、二文字の漢字。素人のわたしには見分けるのが難しかったです。
事前の勉強で、日本酒は「精米歩合」(せいまいぶあい)と呼ばれるお米を削った割合によって種類が区切られており、その割合がおおきくなるほど、雑味がとれて味が洗練される、という知識はありました。
ただ、全ての銘柄が同じような精米歩合40〜50%で、かつ、純米大吟醸(じゅんまいだいぎんじょう)と呼ばれる種類がほとんどだったので、何を手にとればよいのかわかりませんでした。
どうですか?と聞かれても、「フルーティーですね」「甘いですね」「辛いですね」くらいしか感想が出ません。でも実際のカスタマーは、そういう感想がふつうじゃないだろうか、とも思っていました。
唯一の基準が、瓶の首にかかっている「金賞」という文字でした。どうやら全国品評会と呼ばれる日本酒の全国大会が、毎年いちど開かれており、そこで金賞をとった銘柄は、全国の酒店から注文が入るので、売上アップにつながるようです。そこを目指して、蔵はがんばっているのだ、とお聞きしました。
確かに第三者機関が、お墨付きを与えていれば、信頼が増すのでカスタマーは手に取りやすい実感がありました。ただ、けっこう多くの蔵が〇〇年「金賞」と首飾りをつけているので、逆についていない蔵が目立つくらいでした。
品評会の味の基準は、厳密に決められており、たとえばお酒を搾るときの布の袋臭が、少しでも感じられたらマイナスといった、ひたすら減点評価であるため、必然的にすべての蔵のお酒は洗練された味に収斂します。悪くいえば、似てしまう、という構造になってるともみえました。日本酒は、ひたすら”引き算の文化”で味がつくられているのです。
それは決してわるいことではなく、ワイン業界でも著名なソムリエの田崎真也さんは、著書の「日本酒の味わい方」の中で、「いいモノとは、こういうモノだ」という厳格な基準を設けたことが、ワインが世界に広まった理由、とおっしゃっており、有象無象では世界に広まりづらいため、日本酒はもっと基準を打ち出すべきだとおっしゃっています。そのお話は読んでいて、すごく納得するものでした。
つまり、厳格な基準が、世界に日本酒が広まるための手段にもなり得るけれど、一方、その基準が画一的な味をつくってしまっているのでは、という仮説が浮かびます。
もっとマーケティング観点でいうと、いろんな味はあるにはあるけれど、各蔵がメインとしてプロモーションする銘柄は似通っていて、結果としてカスタマーに届く銘柄は限定されている、という仮説です。
日本酒の専門用語
次は味に紐づく用語に関してですが、日本酒は専門用語がとても難しいです。
例えば、製法のひとつに、生酛造り(きもとづくり)と呼ばれるものがあります。教科書の中の説明は、
生酛系酒母という自然の乳酸菌の力で雑菌を排除して、酵母が活動しやすい状態をつくり、アルコール発酵を促進する。また、山卸しという米をすり潰す作業を行う伝統的な醸造方法
というものです。まず単語が読めません。そして、漢字から何をするのか連想ができません。日本語ネイティブでもそうなので、海外の方に、この用語ひとつひとつを説明することは至難のわざです。それ以外にも、日本酒は専門用語のオンパレードです。
どうやら、新しい製法や試みをするごとに用語が付け足されてきたことから、専門用語はすべて、"足し算の文化"で作られているようでした。
その足し算の文化が、一般のカスタマーにとって、ハードルが高くなっている要因になっていると感じました。
話を戻しますが、そういうことを考えながら、会場をうろうろしていて、ふと目についたのが、通常の形状とは違う500mlのスリム瓶で、ラベルがオシャレで、お酒の色がオレンジの広島の銘柄でした。賀茂泉酒造のcokunという銘柄です。
単品でみれば、リキュールっぽいかな、と思いましたが、720ml(4合瓶)がずらっと並ぶ中では、異彩を放っていました。飲んでみると、低アルコールなのにお米の旨味が残っています。「美味しい・・」と素直に思いました。つくりたい日本酒の理想像に近づいた瞬間でした。
また、横浜で行われた試飲会でも、異彩を放つお酒がありました。福島県の奥の松酒造のeightと呼ばれるお酒です。前出でのcokunをもう少し甘くして、とろみがついたような感じでした。
面白かったのは、わたしが美味しいと思ったお酒は、日本酒の種類の区分けの中で、「普通酒」と呼ばれるお酒でした。いちばん高級な純米大吟醸より、区分けのうえではランクが低く見えます(教科書にはランクといった明記はされていません)。
ですが、自分にとってはとても美味しいのです。区分けの基準がカスタマーの好みを表すわけではない、と自分自身で体験した素晴らしい機会でした。
王道の純米大吟醸も、もちろんつくりたい、けれど、いちばん最初はあまり飲めない自分も美味しいと思う、エントリー向けの日本酒をつくろうと決断しました。
いちばんはじめの銘柄
ここまでの話を統合して、最初の銘柄は、
① 味は”引き算の文化”でなく、美味しいと思うかどうかで決める
② 低アルコールで、あまりお酒が飲めない人にも対象を広げる
③ "足し算の文化"の用語の説明はそもそもしない
④ 瓶は500mlのスリム瓶を採用する
⑤ ラベルは漢字でなく、絵やアルファベットにする
といった要件定義を行いました。次にその要件が実現可能かの検証です。
① 味は”引き算の文化”でなく、美味しいと思うかどうかで決める
湯浅さんと試飲するたびに、このお酒はなぜこういう味がするのか、この味はどうやって再現するのか、その都度、すり合わせていたため、方向性は確認できていました。
杜氏である湯浅さんも美味しいと思い、そしていちカスタマーである自分も美味しい、と思うお酒を、特定名称と呼ばれる日本酒の区分けをいったん無視してつくろうと決断しました。
② 低アルコールで、あまりお酒が飲めない人にも対象を広げる
実は低アルコール日本酒は、つくる難易度が高いのです。それを説明するために、少し製法に触れます。
↑醪(もろみ)と呼ばれる「米」と「米麹」と「水」でできている液体の中で、米は糖化し、甘くなります。
そして、その糖が微生物である「酵母」にふれるとアルコールに変わります。それが発酵です。
この「糖化」と「発酵」が同時に行われることを「並行複発酵」(へいこうふくはっこう)と専門用語でいいますが、ここが世界的に日本酒が独自の製法といわれている所以です。ワインは糖化せず、ぶどうの発酵のみです。
発酵がすすむなかで、アルコールが高くなり、酸味がふえていきます。その中で、甘さをコントロールすることは高度な技術を要します。
今回、そこへのチャレンジを決断しました。
③ "足し算の文化"の用語の説明はそもそもしない
④ 瓶は500mlのスリム瓶を採用する
⑤ ラベルは漢字でなく、絵やアルファベットにする
この3つに関しては、後編の「デザイン」で触れていきます。
後編では、よりコンセプトワークからビジネスの視点に入っていきます。はじめから日本酒は、既にコンテンツは素晴らしい、と捉えていました。これからは「グラスの中」より「グラスの外」がより重要になると思っていました。その鍵となるのが広義の意味での「デザイン」です。
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