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【ショートショート】完璧な保存

 古めかしいドアを開けると、元気な声が飛んできた。
「いらっしゃいませ」
 ここは、平井クリーニング店。
「実は父の財布からこんなものが出てきたのです」
 私は平井クリーニング店の預かり票を取りだした。
「父が預けたスーツだと思うのですが」
「三十年前ですか。すこしお待ちください」
 八代目店主の平井さんはバックヤードに姿を消し、しばらくして古い帳面をもってあらわれた。
「あまり古いお品はここでは保存しきれませんでね」
 私はうなずいた。私自身もクリーニングに出したことを忘れて、数年間ほったらかしなんてことがままある。とはいえ、三十年は論外だろう。
「もう処分されてしまったのでしょうか」
「いえいえ、処分だなんて、そんなことは決して」
 平井さんはぶんぶんと首を振った。
「古い預かりものはいろいろな場所に分散して保管しております。石田達吉様のスーツは」
 と言って、住所を読み上げた。
 私はびっくりした。自分の家の住所だったからだ。
 息子たちが独立して空き部屋になってしまった三階をレンタルルーム会社に貸し出しているが、まさかあの部屋に父の遺品が眠っていたとは。
 私は平井さんといっしょに家に戻った。
 平井さんは鍵を取り出し、三階の扉を開けた。
「いの三十二番。これですね」
 平井さんは古めかしいスーツを取り出した。
「これですこれです」
 私は叫んだ。
 二階でスーツに袖を通した。
「まあ、あなた、お父さんそっくり」
 と妻が驚いた顔をした。
「そうか」
 と返す声は、まるで父のようだ。

(了)

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