【ショートショート】高所の葛藤

　サーカス団の女の子は、急に高さを意識した。太い柱の上に作られた足場。いつもはここから元気いっぱいに飛び出し、ブランコにぶら下がって、さまざまなアクションを見せる。
　怖いと思ったことなどなかった。相手の青年も信頼している。最終的には彼の胸に飛び込み、二人で足場の上に戻ってくるのだ。
「あんな高いところで怖くないのだろうか」
「どうやったら飛び出す勇気が出るんだ？」
「もし手が滑ったら？」
　空中には観客たちの思念が渦巻いている。
　運の悪いことにそのひとつに捕まってしまった。
　今までの訓練も慣れも忘れ果て、少女はいま自分がいる高さにおののくばかりだ。もう一歩も動けない。少女はぎゅっと目をつぶる。
「どうしたんだ」
「なにをしている？」
「早く飛びだせ」
　別の思念がはいってくる。
　こんな高さから落ちたら死んでしまう。少女がじっと耐えていると、青年が向かいの足場から、
「おまえはできる。なにも怖くない！」
　と強力な思念を飛ばしてきた。
　少女は頭の中を真っ白にして空中に飛び出す。
　すごいスピードだ。もう空中の思念たちは少女に近づくことはできない。

（了）

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