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【ショートショート】朝のジャンケン
息子の太郎が巻き尺を持って猫を追いかけている。
雄猫の平吉は最初こそ「シャー」などと威嚇していたが、やがて面倒くさくなったのか、自分のベッドで丸くなった。
息子はそろっと近づき、平吉の頭や耳のサイズを計測している。
「なにするつもり」
「秘密」
息子は自分のマンションに帰っていった。
しかし、だいたいの見当はつく。
息子の趣味といえば、編み物だ。うちの中には息子の作ったマフラーやセーターが溢れている。
知り合いにプレゼントし尽くしたので、平吉に目をつけたのだろう。
果たして一週間後、息子は目をきらきらさせながら、平吉用のニット帽をもってあらわれた。
耳の部分に穴が空いているので、頭にすっぽりと被せることができる。下は紐状になっており、顎のところで結ぶ仕組みだ。頭のてっぺんについているぼんぼりがかわいい。色は薄緑色である。
猫ベッドの縁に顎を乗せて寝ていた平吉は、息子の手によってすばやくニット帽を装着された。
「にゃん」
と鳴いて、平吉は飛び上がった。
必死で帽子をひっかくが、ぴったりのサイズで作られているので、なかなか外れない。
「かわいいでしょ」
「かわいいが、猫には災難だな」
「ひどいな。技術の粋を尽くしているのに」
平吉のニット帽の後頭部にはいくつかのボタンがついている。
「これが翻訳ボタンね」
「平吉」
と猫に呼びかける。
「なんだよ。はやくこのへんなものとってくれよ。頭がかゆい」
平吉が喋った。
「そんなにいやかい」
「いやだいやだいやだ」
「その帽子をかぶっているといいこともあるぞ」
「ほんとか」
「平吉の喋っていることがわかる」
「いままで分かってなかったのか」
平吉はがくっと頭を下げた。
「おまえが鳴いたときは、だいたい腹減った、喉乾いた、眠い、うんこ出る、うんこ出た、ベランダに出る、膝に乗せろのどれかだからな」
「わー。ひとのことバカにしやがって。それじゃまるで獣じゃないか」
「おまえ、獣だよ」
「えーっ」
平吉は押し黙った。
息子は他のボタンも押した。
「これが知能を上げるボタン。これが巨大化するボタン。これが化けるボタン」
「わっ」
薄緑のニット帽をかぶった私が出現して、私はのけぞった。そうか。高知能化し巨大化して化けたら、人間になっちゃうか。
「おい、太郎。逆もできるのかい」
息子は私用にもニット帽を作ってくれた。
朝起きると、私と平吉はジャンケンをする。どちらが会社に行くかを決めるのである。
残ったほうが、のうのうと朝寝を決め込む。
人間と猫を選べるなら、猫のほうがいいに決まっている。
「あー、また負けた。なんかズルしてんじゃないか」
とぶつぶつ呟きながら、今日も平吉はスーツに着替え、出社していった。
(了)
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