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【ショートショート】裏返し

 五時四十五分に目が覚めた。手持ち無沙汰だ。オレは枕元にあった単行本を手にとって読み始めた。
 早朝読書をしているオレの姿なんて、誰が想像できるだろう。オレ自身が一番驚いている。
 営業職から開発職に異動して、深夜まで飲むこともなくなり、自然にこんな生活になっった。
 オレは寝室を抜け出し、九時ちょうどにバーチャルオフィスにログインした。
 主任から業務の進捗状況を聞かれる。
 まだこの部署に来て間もないため、任されている仕事はひとつだけ。いまは市場調査をしているところだ。主任はいくつかアドバイスをくれた。
「ちょっと相談事かあるんですけど」
 ずっとマンションに籠もっていたが、そろそろ外で人と会ってみたい気分だった。
 バーで主任と待ち合わせた。
 最近、自分の変化についていけないことを愚痴ると、主任は、
「ははあ」
 と言った。
「君、何歳になった」
「二十八です」
「そのくらいに大きな変化が来る。私は三十で転職したよ」
「そうなんですか」
「A面B面ってわかる?」
「わかりますよ。シングルレコードの表と裏でしょ」
「A面というのは売りたい曲だよな。で、B面の曲はほんとに作りたかったり、ライブでやりたかったり、実験的だったりすることが多い」
「そうっすね」
「二十八というのはA面からB面にひっくり返る時期じゃないかな」
 と主任は言った。
「すると、こっちが本来のオレなんですかね」
「どっちも君なんじゃないの」
 よくわかる比喩だった。
 ひさしぶりに飲んだ酒が回った。オレは部屋に戻るなり、バッタリ寝落ちして、次の日、また五時半に目が覚めた。
 今朝は安心して本を手に取ることができた。

(了)

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