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【ショートショート】ご近所商売

 ご近所のサタケさんの家が盛んに工事をしている。ひとり息子が独立して家を出たので、商売を始める気らしい。
 気になったので、覗きに行ってきた。
 表札に「佐竹亮一・和子/サタケキャンプ場」と書いてある。
 キャンプ場?
 私は玄関のベルを鳴らした。
「どなたですか」
「カトウです。ひさしぶりにお昼でもどうかと思って」
「おお、カトウさん。ちょっとお待ちを」
 扉が開いた。
 私は目を見開いた。そこに地面があったからである。低木樹と下生えが生え、小さな池もある。壁際には薪を積んだ棚があった。
 私とサタケさんは近くの町中華でランチを食べた。
「こんな住宅地でキャンプ場ですか」
「もう歳ですからな。飲食店は難しそうだし、客が勝手に来て帰ってくれる商売はないものかと思ったのですよ」
「お客は来ますか」
「来ますなあ。ほら」
 サタケさんは窓越しに道を歩いている人を指差した。
「腰に飯盒を提げてますでしょ」
「ああ、たしかに」
「キャンプは好きだけど、キャンプ場まで行けない忙しい人が対象です」
 と言って、サタケさんはにっこり笑った。なにを隠そう、私もそのひとりだ。
「今度、いっしょに珈琲でも飲みませんか」
 と言って私は翌日、携帯の珈琲道具を持ち、サタケさんをたずねた。
 薪でお湯を沸かし、珈琲を淹れる。
「お上手ですな」
「自分で珈琲を淹れるなんて二十数年ぶりです。今度は飯盒も持って来ますよ」
 私はすっかりサタケキャンプ場の常連になってしまった。

(了)

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