【ショートショート】手順
被告人席にはいかにも凶悪な雰囲気の若者が座っている。
証言台に呼び出されたのは、今年三歳になるマミコちゃんだ。去年からひまわり保育園に通っている。
「ながいまみこ、さんさい、です」
「あなたは今年の三月十一日午後三時四〇分頃、東京都杉並区の蚕糸の森公園で、伊沢将門を目撃しましたね」
マミコちゃんは首を傾げ、目の前に置かれた日めくりカレンダーを一枚元に戻した。
「うーん。昨日の朝はねー、トーストにいちごジャムを塗って食べたの。あとゆで卵とお野菜のサラダ。その前の日はねー、トーストにいちごジャムを塗って食べたの。ゆで卵はなかったの。その前の日は、マーマレードジャムだった。あとスクランブルエッグとトマトのサラダ」
「この話はいつまで続くんですか」
被告人の弁護士がしびれを切らせて叫んだ。
検事はおだやかな声で答えた。
「三月十一日になるまでです。マミコちゃんは食べたものによって記憶をたどることができる特殊な能力を持っているんです」
「いまはもう十月だぞ」
「記憶は一日ずつさかのぼるしかありません。仕方ないじゃありませんか」
「ええとね、その前の日はやっぱりマーマレードジャムだったの。暖かいミルクを飲んだわ」
「あーっ」
と被告人が頭をがりがりひっかき叫んだ。
「おれは子どもが嫌いなんだ。うるせーよ」
みるみるうちに、マミコちゃんの目に涙がたまり、うわーと泣きだした。
火がついたような泣き声。
被告人はがんがんと机に頭をぶつけている。
観覧席から母親が叫んだ。
「やさしくしてあげてください。その子はいったん泣きだしたらしばらく泣き止みません」
自分も子どもが苦手な裁判官は「静粛に」と言い、三十分の休廷を言い渡した。
泣き止んだマミコちゃんは、また朝食べた食事を並べ立てはじめた。三月まで行き着くのにあとどのくらいの時間がかかるだろう。
被告は額からだらだらと出血して、すでに失神している。
五月まで行き着いたところで相手側の弁護士が意識を失って倒れ、よくみると、裁判官の表情もうつろだ。
ようやく三月十一日の朝になった。
「チーズトーストとスクランブルエッグとオレンジジュースのごはんが終わって、服をきがえて、ひまわりほいくえんにいったの。もちろん、おかあさんがいっしょよ。あれ」
マミコちゃんは、あたりを見回した。法廷のなかをしずかな寝息が満たしていた。検事もふくめ、だれも起きている大人はいなかった。
(了)
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