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【ショートショート】三十円

 オレの給料は二十万ほど。手取りはもっと少ない。
 もっとも、給料はすべてキャッシュカードに紐付けられているから、現金を拝んだことはない。
 最近、ちょっと無駄遣いが過ぎるような気がする。
 急に思い立って北陸に一人旅をしてみたり、千円以上するランチを食べてみたり。コンビニスイーツにハマっているのも、身の程に合っていない。先月は一万円以上本を買った。映画館にも三回出かけた。
 月々の支出は、二十万円で収まっているとは思えない。
 だから残高照会をするのが怖いというと、人に笑われる。
「怖がってないではやく照会しろよ」
 と友人の後藤はいう。
「マイナスになっていたら大変だぞ」
 そうなのだ。それが怖いのだ。
 金がなくなればそこで打ち止めにしてくれればいいのに、マイナスになる。
 誰が、どんな機関が、なんの目的でオレの赤字を穴埋めするのだ。その目的が怖くて仕方がない。
「もしもマイナスになっていたら、そのマイナスがずっと続いたらどうなるんだ」
「平気だよ」
 と後藤はいう。
「借金なんて利子さえ払っていればいいのさ。そのうちくたばっちまう」
「くたばってもマイナスが付いてきたらどうする」
「来世か」
「そうだ。マイナスから始まる来世だ」
「ま、いいんじゃないの」
 後藤は大学を出てからずっと奨学金の返済を続けているから、神経が図太い。多少のマイナスなんてへっちゃらなんだろう。
 オレはもやもやする。今日も残高照会できなかった。
 そのまま、ずるずると日が過ぎるうちに、胸に鋭い痛みを感じた。
 これはヤバいやつだ。
 オレはスマホを取り出し、はじめて残高照会の手続きをした。心のなかで何度もシミュレーションを繰り返しているから、動作はスムーズだ。
 残額、三十円。
 マイナスになっていなかった。どうにかバランスをとっていたのだ。
 いいじゃないか、残額三十円。
 オレは救急車を呼ばず、そのまま冷たい床に横たわった。

(了)

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