【ショートショート】噂の缶詰
スキー場で骨折してしまった。
後ろから滑ってきた初心者がうまく止まれずにぶつかり、ずるっと前にこけた田中は、木の枝で腕を折ってしまったのである。
さっそく地元の病院に運び込まれた。
腕をやってしまったので、スマートフォンもうまく扱えない。
術後数日もすると、田中はすっかり退屈してしまった。
家から遠いので家族の見舞いもないし、なにも刺激がない。
女性部屋からは談笑の声が響いてきたりもするが、男性部屋はシーンとしている。
名前を紹介するくらいで、会話が続かない。
こういうところではなにを喋ればいいのか、田中は考え続けた。ふだんからあまり喋るほうではないので、知らない人ばかりの中でなにを話題にしていいのか、わからない。情報も入ってこない。
ぶらぶらと病院の中を散歩していて、小さな売店をみつけた。
いろいろな生活用品を売っている。食べ物もある。
暇だったので、順番に細かく見ていった。
すると、缶詰の棚に「噂」と書かれた缶詰を見つけた。
はて。
商品説明を見ても、「噂話 2022年4月2日製造」としか書かれていない。
なんだろう。
150円と安かったので、田中は思いきって一個買ってみた。
談話室に持っていって、プシュッとプルトップを引き開けてみる。
噂話が聞こえてきた。ほんとに噂が詰まっていたのだ。
看護師の田中美代、みよちゃんの恋人に関する話だった。彼が五十六万円の宝くじを当て、みよちゃんに相談なしに大型テレビを買ってしまったため、たいへん怒られたという話である。
「ふーん」
と田中は呟き、病室に戻って、
「みよちゃんの彼氏がさあ」
とその話をしてみた。
みんな、ふーんという顔をして聞いていた。
やがて、みよちゃんが検温にやってくる。
鈴木さんが、
「彼氏に大目玉食らわしたんだって?」
とみよちゃんに声をかけた。
「えっ、なんのことです」
「大型テレビのことだよ」
と田中がいうと、みよちゃんは真っ赤になって、
「もう、なんでそんなこと知ってるんですかっ」
といって部屋を出ていってしまった。
田中は一躍人気者になった。
毎日、売店に通って噂の缶詰を買う。
ある日、缶詰の納品をしているおばちゃんに出会った。三階病棟の七号室にいる後藤さんだった。
「ははあ、あの人が」
噂好きで有名な人だ。
後藤さんが退院して噂の缶詰は商品棚から消えてしまったが、問題はなかった。田中もそれからすぐに退院したためである。
(了)
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