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【ショートショート】空の階段

 段差を飼っている。
 透明な段差で姿は見えない。
 息子と一緒に公園に行ったときに、私は突然、つまづいた。
 なににひっかかったのかわからなかった。
 息子が駆け寄ってきて、私の右下の空間を撫ぜている。
「大丈夫かい」
「おい、誰になにを言ってるんだ」
 それが見えない段差との出会いだった。
 息子によると、透明に近い四角い箱ということだった。
 痛がっているというので、家に連れて帰ったら、住み着いてしまったのだ。
 ふだんは息子の部屋にいるので、まったく気にならない。
「なにを食べるんだ」
「わからない」
 生き物かどうかも怪しかったが、だんだん大きくなる。いまでは三段あるそうだ。だから段差と呼んでいるのである。
 世の中には段差が見える人と見えない人がいる。私は典型的な見えない人だ。よく道でつまづく。なんとなく、最近、のら段差が増えているような気がする。
 私の勤めている会社の社長は、見える人だ。
 ビルの改修工事で、本来なら階段をつくる場所にのら段差を積み上げてしまった。コスト削減にはなるだろうが、こちらは怖くてたまらない。なにもないように見える空間に足を乗せて、上の階に登らなければいけないのだから。
 段差が成長すると、別ののら段差を連れてきて、成長した段差を外に放す。その作業はみえる人たちが一手に担っていた。
「大きくなった段差はどうするんですかねえ」
「街の外でつながっているよ」
「そうなんですか」
「見てみるかい」
 いや、見えないんだけどと思いながら社長の後に付いていった。社長は休耕地に足を踏み入れ、空へと登っていった。
「どこへ行くんですかー」
「ちょっと散歩」
 社長の姿は豆粒のようになり、空の彼方に消えた。
 うちの段差もいずれ、この空中階段に連なることになるのだろうか。息子が寂しがるだろうな。

(了)

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