【ショートショート】セッション
ぼくは小さい頃からドラムをおもちゃに育ってきた。
ある日、街中を歩いていると面白そうな演奏が聞こえてきたので、ふらふらと地下に下りていった。薄ぐらい店のなかで、トリオが演奏していた。
演奏が終わってから、のこのことステージに近づき、ドラムを叩きたいという動作をした。
「やってみな」
ドラマーがスツールから立ち上がった。
ぼくはどかしゃかとドラムを叩き、シンバルを鳴らしてみた。ピアノが加わり、アルトサックスが歌い出した。演奏は三十分くらい続いた。
「ふうん、明日は神奈川だ」
とリーダーのピアニストが言った。
ぼくは家にドラムセットを取りに帰った。
「明日からツアーだって」
「まあ」
と母は目を丸くした。
「お父さんと同じことを言うのね」
トリオはカルテットになった。
二ヶ月かかった全国ツアーが終わり、ぼくが家に帰ろうとすると、リーダーが、
「明日は空港に集合だ」
と言った。
ドイツのフランクフルトからスタートし、各地を転々とした。国境を超え、演奏し、また国境を超えた。
「このツアー、いつまで続くんですか」
「呼んでくれる人がいる限り、いつまでもだ」
国境を超えるごとに新しいマネージャーが出迎えてくれた。貴族のお城、蚤の市、学校の体育館、書店、画廊、生鮮市場とありとあらゆるところに連れていかれた。ライブハウスに入ってほっとしていると、マフィアの殺し合いが始まったりする。なにがどうなろうと演奏するしかない。
気がつくと、天国にいた。あっ。マフィアの流れ弾にやられたのか。
あたりを見回すと、スティックを握った壮年の男がいた。父だ。
「お父さん、こんなところにいたの」
「心臓破裂でころりと逝ってしまった」
「ドラムの叩きすぎだよ」
笑いながらぼくはドラムセットを組み上げた。
父も組み上げた。
さっそくセッションが始まった。あまりの轟音に神様が耳を押さえた。空を稲光が走る。
窓の外を眺めていた母は、
「あら、雷」
と言った。
(了)
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