【ショートショート】世代交代
「あの帽子がほしい」
と息子に言われ続けてきた。
街中で子どもたちがよくかぶっているパラボラアンテナ帽子のことだ。
「中学生になったらね」
と約束していたので、おもちゃ屋にやってきた。
アンテナ部分は折り畳み式になっていて、狭い場所では閉じる。帽子は耳と目を覆う。一種のVRゴーグルだ。衛星電波を受信し、それを目の前のディスプレイに表示する。
息子は赤色の帽子を選んで、興奮していた。
さっそく近所の公園に走っていって、頭に装着している。
私はその姿を見守った。
息子はあちこちの方角に頭を振っていたが、やがて動きが静まり、なにかをじっと視聴し始めた。
あたりが暗くなってきた。
私は近付いていって、
「もう帰るぞ」
と声をかけた。
息子は案外素直に帽子を外した。
「それ、ちょっとお父さんにも試させてくれないか」
息子は、
「いいよ」
と言って、帽子を私の頭にセットしてくれた。
「なにも見えないぞ」
「頭を振って」
「ダメだ。見えない」
やはり世間で言われているとおり、大人には見えないなにかが表示されているのだ。
「なにを見たの」
と聞いてみたが、息子は首を横に振るばかりだ。言語化は不可能らしい。
あれから四十年。
息子はまだ宇宙からの通信を受信し続けている。彼らと私たちの間には深い断絶ができた。私より下の世代はもう日本語を喋っていない。新しい世界共通語で会話する。
彼らは日本人ではなく、地球人なのだ。
(了)
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