【ショートショート】まっすぐ

　妻が、
「頭が重い。首が痛い」
　と訴えだしたのは三年ほど前だった。
　医者に診せると、Ｉ字型症候群だと言われた。
　流行り病らしい。
「簡単にいうと、背中のＳ字カーブが真っ直ぐになって、頭を支えられなくなるんです」
「どういうことですか」
「人間の頭というのは意外に重くて、Ｓ字型のクッションがないと支えきれません。背骨がまっすぐになってしまった場合、衝撃を受けると折れて死にます」
　それ以来、妻は顎下から腰まであるコルセットを身につけて暮らしている。
　付き添いが必要なので私は仕事をリモートワークに切り換えた。しかし、月に一度は出社しなければならない。
「なるべく早く帰ってくるから」
「大丈夫よ。じっとしているだけだから」
　電車の座席には妻のように背中を垂直にした人たちが並んで座っている。心配になるが、外出をしなければならないよんどころない事情があるのだろう。
　電車が急ブレーキをかけ、がたんと揺れた。
「あっ」
　と思わず声が出た。
　ポキポキという音が聞こえた気がした。
　座席に座っていた人たちは次々に床に崩れ落ち、口から血を垂らして息絶えた。
　阿鼻叫喚にもならない。
　あたりはシーンとしている。
　私は会社で手早くミーティングを済ませると、家に戻ってソファの妻を見、ホッとため息をついた。電車での出来事を話す気持ちにはなれなかった。

（了）

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