【ショートショート】増える荷物
ぽくが死んだときには特大の棺桶が必要になるだろう。
というのも、手術の失敗という思いがけない理由で妻が亡くなったからだ。
全身麻酔で意識がなかったから、妻は自分が死んだことに気づいていない。
いまでは幽霊として病室に取り憑いている。
ただ、本人にその自覚があるかどうか。
病室から動けないらしく、メッセージアプリでほしいものを連絡してくる。
「歯ブラシを買ってきて。毛の柔らかいやつね。私、歯茎弱いから。歯磨き粉はわかっていると思うけど、シュミテクトよ。あ、それからコップもね。ちゃんと取っ手のついてるもの。そうね、色はピンクがいいわ」
幻視、幻聴のたぐいかもしれないが、それにしては注文が細かすぎる。
おそるおそる病院に届け物を持っていくと、妻の姿はない。亡くなったのだから、当然だ。妻のいたベッドには別人が寝ている。
ぼくは仕方なしに歯ブラシとコップを自宅の段ボール箱にしまう。いつか、ぼくが亡くなった時に棺桶に入れて持っていくしかない。
困ることも多い。
たとえば、さっき受信した「ねえ、お願い。ガウチョパンツを買ってきて」というメッセージだ。
これまで生きてきて、そんな名前、聞いたこともない。店に行って店員にたずねるしかないだろう。
ぼくはユニクロに行き、
「当店では扱っておりません」
と言われた。
いったい、どこに行けば売っているのだ。服ではないのかと思い、ネットで調べる。裾の広がった薄手のパンツの写真があらわれる。
ひょっとして世の中にはガウチョパンツ専門店というものがあって、女性はみんな知っているのかもしれない。
ある日、ぼくは偶然、古着屋で裾の広がったパンツと出会った。
おそるおそる店員に聞いてみる。
「あのう、これはガウチョパンツではありせんか」
「そうですよ」
なんと、こんなご近所でガウチョパンツに出会うとは!
こうしてまた棺桶に入れる荷物が増えた。
スマホがぶるんと震える。
次の注文が来たのかな。
(了)
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