【ショートショート】時差仏
「仏師になりたい」
と息子は言った。
父親は茫然としたが、先生は冷静だった。
「誰かの弟子になるのか?」
「もう彫れる」
と息子はいい、リュックサックから大きな木像を取り出して、机の上に置いた。ごとりと音がした。
結跏趺坐した仏像である。
「木を見ていると見えるんだ。その中にある仏像の姿が」
「なんだか見覚えのある顔だ」
と父親が言った。先代の校長先生そっくりだったのだ。
校長は余命宣告を受けて退職したが、そのことは伏せられている。いまはホスピスにいるはずだ。
「知っていたのか?」
先生の声がいくぶん強張った。
メッセージソフトの着信音がした。
スマホに目をやった先生は、
「前の校長先生が亡くなった」
と言った。
父親は目を見開いている。
先生が言った。
「君がこれを彫っていた頃、エトウ先生はまだ生きていらした。君は先生の死を予言したことになる。そういう能力は隠しておいたほうがいい」
息子は驚いたのか、黙っている。
「就職か進学を考えなさい」
父親もうなずき、そのまま進路相談は終了した。
高校卒業後、息子は進学も就職もせず、山に籠もった。小屋中に仏像がある。
その顔を見たら、きっと誰もが驚くだろう。それとも、たんに似顔絵の仏像をつくる変な仏師と思うだけだろうか。
(了)
ここから先は
0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。
朗読用ショートショート
¥500 / 月
初月無料
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。