【ショートショート】オンガクの日
窓辺に鉢植えの花を並べたい。
フリーマーケットでかわいいプランターセットを手に入れたので、私は花屋にやってきた。
花のコーナーを眺めていたら、「オンガクのタネ」と書かれた袋を見つけた。オンガクか。聞いたことないけど、どんな花なのかな。
「それはお楽しみです」
と背中から声が聞こえた。オシャレな店員さんが微笑んでいる。
「花が咲くと、音楽が流れるんです」
「生きたオルゴールみたいなものですか」
「そうそう。どんな曲が鳴るかはお楽しみなんですけどね」
私はタネを五つ買った。大切に育てたら、いろいろな色の花が咲いて、春の小川、チェニジアの夜、子犬のワルツ、月の光が流れた。ただ、一つだけ、花もつけず、音楽も流れない鉢があった。
花屋に行き、鉢を見せると、
「あ、これは花ではありません。樹木ですね」
と言われ、庭に移植することを勧められた。
以来、四半世紀。オンガクの木は二階のベランダを覆うほど大きくなった。
毎年、紫色の小さな花をつけるが、音楽は流れない。私はオンガクの木の葉が揺れ、勇壮な「運命」が流れるさまを妄想した。音が出なくても、オンガクの木は私を楽しませてくれる。
やがて私は重い病気にかかったが、入院は拒否して、在宅治療を受けることにした。
往診のお医者様が私の血中酸素濃度を計り、むつかしい表情をしている。
突然、頭の上からモーツァルトの「レクイエム」が大音量で降ってきた。葬送の曲だ。なにごとかと慌てふためくお医者様と看護婦さんの姿を見て、私はくすりと笑い、このまま逝くのだなと思った。
(了)
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