【ショートショート】焦げ臭い
「火事だ。逃げろ」
という声が聞こえた。
サカタは窓をあけてベランダに出た。
むっとするような焦げ臭い匂いが充満している。
どこが火事なのだろう。
テレビでは、すべてのチャンネルで緊急速報が流れている。もっとも、
「待避してください」
というばかりで、肝心の火事に関する具体的な情報はなにもなかった。
サカタはリュックに水とすぐ食べられそうな食料を詰め込むと、家の外に出た。路地を抜け、広い道に出る。サカタと同じような格好のひとびとが黙々と歩いている。
避難所はどこだったかな。
サカタは大きな公園に行ってみることにした。
ひとが溢れかえっていた。
「どこが燃えているんですか」
「さあ。旭町のほうから来たけど、どこも燃えていなかった」
同じような会話がそこここで交わされていた。
ネットではさかんに火事場探しが行われていたが、どこにも火事はないことが確認されるばかりだ。道理で消防車の音が聞こえないわけである。
サカタは二日間、公園にいた。
結局、炎の姿をみることはなかった。
なにごともなかったかのように日常が復活したが、なにもないわけはない。
窓をあけると、いまだに焦げ臭い匂いが鼻をつく。
なにかが燃えていることは確かだった。ただ、人間には認識できないだけだ。
この匂いに慣れることはできるだろうか。
(了)
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