【ショートショート】いつもの場所
満員電車で、いちばんいい場所を僕は三角と呼んでいる。ドアの入口と座席の間のちょっとした隙間だ。
朝、七時四十五分の三号車、二番出口の奥の三角に、髪の長い可愛い女の子がいる。彼女は僕が電車に乗り込む前にはその場所におり、ぼくが下車するときにも動かない。どこからどこへと乗っていくのか、わからないままだ。
ほのかな好意を持って眺めているのだが、そんなものが伝わるわけがない。
ある日、ぼくはちょっとした賭けに出た。学校のある駅でおりずに、ずっと彼女のことを見ていたのである。電車は終点に到着し、ぼくと彼女を残して、誰もいなくなった。
しばらくするとまた乗客が入ってきて、電車は逆方向に走り出した。
彼女は涼しい顔をして、ドアの外を眺めている。
やがて、夜の帳が下り、最終電車の時刻となった。
彼女はそれでも、動かなかった。
やがて電車はホームに停車した。
車掌が入ってきた。彼は女の子の髪の中に腕を突っ込むと、スイッチを押した。彼女の身体から力が抜けた。車掌は彼女を座席に横たえ、ぼくに気づいたようだ。
「お客さん、これは終電ですよ」
「すみません。寝込んでしまいました」
ぼくは嘘をいい、いそいで車両を降りた。
(了)
ここから先は
0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。
朗読用ショートショート
¥500 / 月
初月無料
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。