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【ショートショート】楽な姿勢

 目が覚めたとき、ぼくは細かい粒子として空中に浮遊している。
 歳を取るとともに、だんだん定着力が落ちてくるようだ。
 息子を起こさなければならないので、だんだん粒子が集まり、パパとなる。ぼくは鏡で全身を確かめ、
「おーい、もう時間だぞ」
 と息子に声をかけた。
 キッチンでは妻が朝ご飯を作っている。
 まだ寝ぼけてる息子に顔を洗わせてテーブルについた。三人で朝食を食べる。
 行ってきますという息子を見送ると、妻がはあとため息をついた。
「疲れるわ」
「休むといいよ」
 ぼくはまた粒子に戻る。会社の風景を思い浮かべると、会社の中にいた。
「課長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
 長い一日が始まる。
 疲れすぎると、いつの間にか身体が半透明になってるから気をつけなければいけない。
 粒子化しなくても平気な人もいると聞く。すごいと思うが、ぼくには無理だ。パパ、社員など役割のあるときだけ人の姿になる。
 今日は仕事が終わっても、まだ接待がある。
 先方のノムラ課長も、だいぶお疲れのようだ。お互いうつろな目を見合わせ、乾杯をした。
 若手のヤマダ君だけが元気だ。
「ではこのへんで」
 一時間程度で会食を切り上げると、ヤマダ君は飲み足りないらしく、明るい夜の街へ去っていった。
 ぼくとノムラ課長はお互いに目配せして、すーっと姿を消す。
 ああ、楽だ。粒子に戻ったとたん、身体に溜めこんだアルコールもどこかに飛散する。
 明日の朝まではこのあたりに漂っていることにしよう。

(了)

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