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【ショートショート】無名
ぼくは頭にスチールの輪っかを装着した。
自動的に電源が入って、頭上、数十センチの高さにホログラフ映像が浮かぶ。
洗面所の鏡には、これといって特徴のない高校生が「イズミカオル」「ダイサンコウコウ3年B組」の立体文字と埴輪の写真を浮かべている。とくに推しはいないので、こんなものでお茶を濁している。
予鈴が鳴ったので、教室に入った。
タナカ先生がひょろっとした男子をつれてきた。
「転校生のゴトウくんだ。自己紹介しなさい」
ゴトウと呼ばれた男子は、
「よろしくお願いします」
とだけ言って、頭を下げた。
彼の頭の上には「無名」という文字が浮かんでいた。
出た、「無名」。輪っかアプリのプロフィール欄を空にすると、デフォルトで表示されるやつだ。
休み時間に聞いてみた。
「ねえ、なんで無名なの」
「だって、知らない人に名前を知られるの、イヤじゃない?」
とゴトウくんは言った。
「じゃ、君のことを呼ぶとき、なんて言えばいいの?」
「ゴトウでいいよ」
「誰かに聞かれるかもよ」
「先生が言ったんだ。学校のなかで隠しても意味ないさ」
「それもそうか」
ある日、街のフードコートで、ゴトウくんを見かけた。
声をかけようと思って近づいていくと、
「アンドウくん、ごめーん」
といって、アイスクリームを持った女の子が走ってきた。
「行列が進まなくってさあ」
「平気平気」
とアンドウことゴトウくんが答えた。
いろんな名前を持っているんだ。名前がないどころの話じゃない。ぼくはくるりと踵を返した。
(了)
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