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【ショートショート】バス旅
まる一日ヒマだ。
オレはバスアプリを立ちあげた。
「きまぐれバス」のトップ画面にお気に入りに登録している個人バスのリストが並ぶ。
ご贔屓の滝沢周一さんをタップすると、画面が地図に切り替わった。
滝沢さんは日本バスに三十五年間勤めたベテランだ。五年前に独立してフリーの個人バス運転手となった。
独自の路線を開拓し続けるチャレンジ精神と丁寧な接客で人気がある。
滝沢さんのバスはいま三鷹あたりを移動しているようだ。
オレはリクエストを送った。
ポッと赤い光点が浮かぶ。中野の哲学堂のあたりだ。10時20分という数字。
オレはOKボタンをタップして、家を出た。
哲学堂の入口で待っていると、赤と白のストライプ模様のバスが近づいてきた。
昇降口が開いたので素早く乗り込む。
「こんにちは」
「や、後藤さん、お元気そうで」
「今日はどこへ?」
「とりあえず、東新宿の都立病院ね」
「なるほど」
バスの中程に車椅子が固定され、山根ばあちゃんが窓の外を眺めている。彼女も滝沢バスの常連だ。
いろいろな街角で乗客を拾い、バスは都立病院に到着した。滝沢さんは車椅子を押して、病院に入って行く。
「三時間くらいかかりそうだよ」
戻ってきた滝沢さんは、そういってアプリを覗き込んだ。
「あ、浮田さんからリクエストが来てる。海でも観に行くかねえ」
バスは横浜の山下公園に向けて走り出した。
いつものように途中で車内販売を許されている山本さんが乗り込んでくる。乗客のほとんどが弁当とお茶を購入した。
焼売弁当を食べ終わり、オレは本を取り出した。読書が進む。気がつくと、山下公園はもうすぐ目の前だ。浮田さんが手を振っている。
滝沢さんとコーヒーマニアの浮田さんはなにやら相談をしている。バスは最近開店したというカフェに向かった。スペシャルティーコーヒーを頼んで、オレは目の覚めるような思いをした。めちゃくちゃうまい。
三十分ほど休憩し、バスは都立病院へと向かった。
滝沢さんはぶじ山根ばあちゃんを回収。
順番に乗客を降ろしていく。オレも哲学堂前で下車した。
今日もいい一日だった。
日帰り旅行はアドリブに限る。
(了)
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