【ショートショート】先生の御守り
フクダは中学校で保健室登校を続けている。
いじめのためだ。
保健室のウチヤマ先生は、無理に教室に行きなさいとは言わず、彼が自習するのをしずかに見守っている。
フクダが不登校に陥らないのはひとえにウチヤマ先生のおかげである。
そのウチヤマ先生が他の学校に異動することになった。
ウチヤマ先生は、
「私は明日、この学校からいなくなるの。フクダくん、だまされたと思って、一度教室に戻ってごらんなさい」
と言った。
「一度だけでいいですか」
「うん。一度だけでいい」
次の日、フクダはおそるおそる教室に足を踏み入れた。
ナカムラ、ミナミといったいじめっこ連中が教室の隅からフクダのことをにらんでいる。
「ああ、きっといやなことをされるんだ」
とフクダは思ったが、ウチヤマ先生との約束を果たすために、自分の席から離れなかった。
その日はぶじに終わった。次の日もなにもなかった。
フクダが給食当番のとき、ミナミやナカムラはそそくさと教室から出ていった。にらむというより、恐怖に満ちた目をしていた。
フクダは徐々に教室に溶け込み、友人もできた。
「ナカムラはいつからあんなに大人しくなったんだい?」
とフクダが聞いてみると、友人は、
「ウチヤマ先生が異動になったときだよ」
と教えてくれた。
ウチヤマ先生はフクダに毒を渡したという噂を残して学校を去っていったのである。
「そんなことでビビとは情けない連中だなあ」
ウチヤマ先生はもちろんフクダに毒など渡していない。
フクダはひそかにインターネットを使って毒物を購入し、御守りにしていたのだが、ゴミとして処分した。もうこんなものを持たなくても生きていける。ありがとう、ウチヤマ先生。
じつはその毒物はよくあるネット詐欺だっだのだが、もはやそんなことはどうでもいい。
(了)
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