【ショートショート】気に入られる
レンタル別荘を三日間、押さえることができた。
私は着替えと読みかけの本と買ったばかりのハンモックをリュックに入れて、高原に向かった。
緑の瑞々しい季節。
山小屋風の別荘には、適当に木々の生えたいい感じの庭もついている。
私はさっそくハンモックを取り出して、庭に出た。マニュアルを読むと、金具を使わず、どこにでも吊すことができると書いてある。
適当にハンモックの両端を空中に設置した。たしかに浮かんでいる。
文庫本を片手によじ登った。
しばらく活字を追っていたけど、そよそよと吹き抜ける風の心地良さにつられ、いつの間にか熟睡していた。
夕焼けが眼に入った。もうそんな時間か。
私は起き上がろうとして、ぎょっとした。高いっ。
目算だが、地上まで二十メートルはある。
落ちたら死ぬかなと頭の隅で考えつつ、マニュアルを開く。Q&Aを読むと、「気分によって移動します」と書いてあった。操縦方法はとくにないらしい。最後に「相性が合うといいですね」と無責任なことが書いてあった。
「おりてください。おりてください」
と願っていると、ハンモックはあたりを旋回し、ゆっくりと地面に向かって降下した。ホッとする。相性はよかったらしい。
数日間の滞在で、私はハンモックとかなり仲良くなった。上がり下がりだけでなく、横方向への移動もできる。
帰宅してから、私は通勤にもハンモックを使うようになった。毎日ふれ合っているほうがハンモックの機嫌もいいのである。
ある日、業務が終わり、屋上から飛び立とうとしているところを同僚に見つかった。
「それハンモックだろ」
「うん」
「オレも乗ってみたいな」
「やめとけよ。気むずかしいぞ」
案の定、同僚が乗ったら、どさ、と屋上に落ちた。
「いてえなあ」
「命拾いしたな。フェンスの外なら死んでるところだ」
私はハンモックに乗って、すーっと空に舞い上がった。
(了)
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