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【ショートショート】おてふき大臣

 ここは中規模のレストラン。
 オレは今日からアルバイトに入る。
 ユウタ先輩に、
「今日はオレの後ろについていればいいから。やり方は見て覚えて」
 と言われた。
「はいっ」
「じゃ、まず予約席の配膳の準備からね」
 ユウタ先輩はタブレットを取り出し、予約を確認し始めた。
「今日はおてふき大臣が来る。ラッキーだぞ」
 裏口から直接出入りできる個室にフォーク、スプーン、ナイフなどを次々にセットしていく。おてふきを三つ。
「予約は四人となっていますが」
「大臣は温度に敏感なんだ。きっちり55度で出すため、席ついてからお出しする」
「へえー」
「ちなみに店の保温器は60度だ。取り出して3分ほど待ち、ここまでお持ちするとちょうど55度になる」
 大臣一行がお見えになった。
 言葉通り、ユウタ先輩は55度のおてふきを大臣の前に差し出す。
「うむ」
 大臣は顔が大きい。おてふきを手の上でしばらく遊ばせ、顔をぬぐって、
「はあっ」
 と満足そうな声を出した。
 飲み物を運び、前菜を運ぶ。そのたびに先輩は新しいおてふきを出した。大臣はよほどの潔癖症なのか、脂性なのかわからないが、そのたびに顔をぬぐい、指を拭く。
 身内の会合らしく、雰囲気は終始、穏やかだった。大臣の前には使ったおしぼりが山をなしている。オレは、小声で先輩に、
「片づけなくていいんですか」
 と聞いた。先輩は顔を左右に振る。
 クレジットカードで会計を済ませると、おてふき大臣は、ユウタ先輩にたっぷりとチップを渡した。
「君のサーブはいつもながら完璧だ」
「ありがとうございます」
 おてふきの山をひっぱると、大きな一枚の布になった。オレは目をこすった。大臣は、
「や、お先に。お先に」
 と言うと、空飛ぶ絨毯に乗って、夜空へと去って行った。

(了)

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