【ショートショート】薄い人たち
大学卒業の資格もなんの役にも立たず、就職活動に失敗した私は、ハローワークから対人関係構築の勉強を命じられた。週に三日、コミュニケーション能力開発センターに通っている。
「こんにちは」
茶色いビルの入口で、受付の人に向かって声を出す。
「二十七番、黒塚遙人です!」
受付のお姉さんはニコッと笑って、
「声が出るようになりましたね。聞こえますよ」
と言ってくれた。
「ありがとうございます」
私はお礼の言葉を絞り出して教室に向かう。
中央当たりに陣取り、帽子と仮面を取る。
自分ではわからないが、他人の眼にはどのように映るのだろう。
教室は半分くらい埋まっているが、ほとんどの人が透けている。存在感が薄い。かろうじて、教室の先頭に集まっている面々だけが黒い髪や肌色の首をさらしている。
ドアをあけ、先生が入ってきた。
「みなさん、おはようございます。今日も元気ですか?」
「はーい」
と小さな声がぽつぽつと聞こえる。
「出席をとります」
名前が呼ばれ始めた。強い声、弱々しい声、無言。いろいろな反応がある。無言の人は手を挙げて自分の存在を主張する。
「隣の人と向き合ってください。お互いの顔をよく見て」
私の横には透明度の高い女性がいる。
「五分間でお互いに自己紹介をしてください」
彼女がなにか話し始めた。私は顔を傾け、耳を近づけて、声を聞き取ろうとする。
「桜町大学……文学部……夏目漱石……」
大学の専攻の話をしているのだなと予測がつく。
私も自分の学生時代の話をする。おぼろげにお互いの状況がわかる。
ここに通い始めた頃は、まったく話が聞き取れないし、私の声も相手に達しなかったから、これでもずいぶん進歩した。
はやく人間になって自立したいものだ。
(了)
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